自然、風景、歴史、建築、食べ物――。 地域資産を有効活用し、未来へつなぐ。 自ら計画を起こし、動かす力を養う
神奈川大学 建築学部 建築学科 曽我部研究室
地域の資産を生かし活性化につなげる
〝場〞や〝空間〞をキーワードに活動を展開する曽我部研究室。現在の主な研究フィールドは、徳島県美波町と、しまなみ海道の中間点にある大三島だ。
美波町へのかかわりは、公共施設のコンペで審査委員長を務めたことが発端となった。古い建物の調査や改修などに携わるなか、近年は寺の参道の再生に注力。参道に並ぶ建物の多くが昭和の築造で、伝統保存地区などの認定は得られないが、古民家としての価値を見いだし、行政と協働して改修とテナント募集を行った。これまでに3軒を改修し、いずれも移住者が店舗を開業。その後、研究対象以外の古民家でも同様の再利用が進み、地域住民の意識変革につながったことがうかがえる。
「地域の資産を生かし、活性化につなげることが基本理念です。我々が示す地域資産とは、有形のものに限らず、風景や伝承、特色ある食べ物など、地域独自の様々なものを指しています」
曽我部教授は、大学院修了後に伊東豊雄建築設計事務所に入所。独立後に「みかんぐみ」を共同設立し、現在もその活動を継続している。また2001年、東京藝術大学の先端芸術表現科が新設された際に助教授に就任。06年から、神奈川大学の教授として研究室を構えている。
「大学では学生の設計指導に加え、実験的なアプローチを試みています。教育者としてのスタートが美術大学だったことが、社会に対するまなざしを持った表現活動に取り組むきっかけとなったのかもしれません」
みかんぐみとの共同活動も。大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレの作品「下条茅葺きの塔」は、JR下条駅周辺への設置条件に対し、郷土資料から、かつてここに多くの茅職人が暮らしていたことを明らかにし、地形に沿ったランドマークとなる形状を導いている。
「建築のプロジェクトでは要件が具体的に示されるのに対し、芸術のプロジェクトではそれが明確に提示されることはほぼありません。リサーチによって自ら要件を導き出すことが重要であり、それが建築思考の鍛錬につながると考えています」
想像力を豊かに地域性を引き出す
曽我部教授にとって建築デザインとは、設計を図面化する作業に留まらず、建築の周辺すべてにかかわってくるもの。人と人との関係を生み出す場を構築し、その場所の情報を伝える媒介となることが本質だ。そのため学生には、何よりも〝想像力〞を養ってほしいと願う。
「クリエーションよりも、行動が結果にどうつながるかを想像するイマジネーションが重要です。一朝一夕に身につくものではないため、様々な経験を通じて気づきのチャンネルを増やしてあげたいと思っています」
神奈川大学での研究活動は、地元の横浜からスタートし、東日本大震災の被災地支援を経て、現在は四国地方が中心となっている。周囲の要望によって研究対象が変遷してきたためで、意識して選んでいるわけではないと曽我部教授は語る。地方の画一的な開発により、多様なまちの個性が薄れつつあるなか、ユニークな地域性が濃厚に残る地方に新たな地域活性の可能性が隠れている。また、コロナ禍以降、地方に移住する人が増え、地域おこし協力隊などの制度が安定してきたことも、社会全体の目が地方に向けられるようになった要因といえるだろう。
美波町と大三島での研究は、スタートから10年を超え、地域住民の理解が浸透し始めた段階にある。今後も両地域にかかわっていきたいと曽我部教授は語る。大三島では、最も古い建物の改修工事が目前。美波町の参道では、4軒目となる古民家の再生プロジェクトとして、ゲストハウスの計画を進めている。
「それぞれの地域が良さも悪さも抱えています。そのなかで可能性に気づくには、単純ですが、自分のお気に入りを見つけることが大切です。おいしい飲食店でもいいし、瞬間に見えた風景でもいい。そんな些細なところに、未来の地域資産が潜んでいるのではないでしょうか」
- 教授曽我部昌史
そがべ・まさし 1988年、東京工業大学大学院理工学研
究科建築学修了後(坂本一成研究室)、
伊東豊雄建築設計事務所入所。
94年、ソガベアトリエ設立、
東京工業大学建築計画第二講座助手。
95年、みかんぐみを共同設立。
2001年、東京藝術大学先端芸術表現科助教授。
06年、神奈川大学建築学部建築学科教授。
一級建築士。