建設業界はまだまだ進化できる。 AIによる構造変革の可能性は大きい
株式会社松尾研究所 取締役 AI開発事業 ディレクター
私が取締役(AI開発事業ディレクター)を務める株式会社松尾研究所は、AIの先端研究に取り組む東京大学松尾・岩澤研究室の成果を社会実装する目的で、2020年2月に設立された。現在は、20~30社の企業と共同研究開発を行っていて、エンジニアは200名近くに上る。
あくまで、企業側の課題やAIに対するニーズをヒアリングしたうえで案件化していく、というのが我々の基本的なスタンスだ。それもあって、クライアントの業種は幅広く、行政からも引き合いがある。
AIを生かした活用のテーマも多様で、例えば、製造業なら製造ラインでの異常検知やロボット制御の高度化、小売りやEC業界であれば商品のレコメンドアルゴリズム構築など、業種によって特徴もある。
そうした様々なモデルづくりのほか、もう少し手前のAIの精度向上に欠かせないデータのプラットフォーム構築サポートや、あるいは経営戦略へのAIをベースにしたDXソリューションの導入、といった構想段階におけるお手伝いも我々の守備範囲となっている。
もちろん、建設業界からの相談件数も非常に多く、大手ゼネコンをはじめサブコン、設計事務所などの課題をたくさんうかがってきた。すべてが共同開発に進んだわけではないが、効率化などのニーズ実現に向けてAIの活躍できる余地は大きい、という手ごたえを感じている。
そんななかで、当社が建設業界関連で請け負った事例を2つ紹介してみたい。
一つは、建築基準法の適合チェックに関するプロジェクト。この業務は、現在はほとんど人の力に頼っており、法が複雑なだけに多くの時間と労力を費やしているのが実情だ。これまで自動化は困難といわれてきたものの、AIに法律を読み込ませることでそれを実現できないか、実証実験を行っている。
また、電気設備工事の大手、東光電気工事株式会社とは、AIを活用した生産性向上に向けたソリューション開発に取り組んでいる。他業界同様、この業界にとって深刻なのが人手不足で、働き方改革なども相まって、業務効率化は重要な課題となっている。
調査の結果、初期的な見積もりを行うため、設計図面を基に施工図面を作成する段階に最も時間を取られていることがわかった。その部分の生成AIを使った効率化、半自動化をターゲットに定めて開発を進めている。まだ概算段階だが、うまくいけば、労働時間にして20~30%程度を削減できる可能性を秘めている。
初期のヒアリングでは、建設業は非定型業務が比較的多く、これまで自動化、効率化できていない領域が多くあることが判明した。たとえば、製造業のようなフローチャートで表せない業務プロセスが多岐にわたり、対象となる建造物によってもそれは異なる。さらには、現場の暗黙知もまだまだ多く眠っているようだ。
それらの業務をAIで効率化するというのは、産業全体の構造を大きく変えるポテンシャルを秘めており、当社にとっても大きな意味のあるチャレンジだと考えている。もちろん、難易度は高いものの、今は建設業界変革のチャンスでもあると私は思う。そのあたりについては、次回論じてみたい。
- Shoichi Murakami
2008年、慶應義塾大学経済学部経済学科卒業。
大手損害保険会社、デロイトトーマツコンサルティング合同会社(Monitor Deloitte)を経て、
22年より現職。前職では、幅広い業種のクライアントに対してデジタル戦略立案や
新規事業構想のコンサルティング業務に従事。経営学修士。
東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻「松尾・岩澤研究室」学術専門職員も兼任。