建築とデザインの力で、世界中の人たちが幸せになる“遊び・学び・育ち”の場を創造し続けていきたい
マザー・アーキテクチュア
つくるのは〝建物〞ではなく、子どもや大人の創造性を伸ばし育む〝場〞であり、〝子宮〞――。独自の技で建築業界をリードする組織を紹介する本企画に今回ご登場願うのは、一般社団法人マザー・アーキテクチュア。代表理事であり建築家の遠藤幹子氏と、彼女を支える相澤久美氏、宮原契子氏の両理事が同法人を設立したのは2013年5月のことだ。建築事務所から始まった遠藤氏のキャリアだが、活動領域は建築の枠をとうに超えたところにある。論より証拠、象徴的なプロジェクトを早速紹介していくことにしよう。
大人のなかの子ども心が目覚める創造的空間
アフリカ・ザンビアに建設した「マタニティハウス」は、国際協力NGOジョイセフとの共同プロジェクト。現地は妊産婦死亡率が日本の約40倍という農村だ。出産を直前に控えた妊婦が診療所に隣接したハウスに滞在することで、医療スタッフの立ち会う施設での出産を可能にする。建物には日本から支援物資を輸送したコンテナを再利用。早く・安くを実現したアイデアだ。地域住民を巻き込むコミュニティデザイン的手法も取り入れているのが遠藤氏の持ち味。住民100人を集めてワークショップを実施し、葉っぱのスタンプとハウス建設資金に協力した日本人ドナー100人の名でコンテナを彩った。 遠藤氏は「現地には、医療施設でのお産に対する理解がありませんでした」と当時を述懐する。
「かといって〝教える〞という態度では拒否されてしまう。だったらみんなで楽しく面白くつくろうよ、と。これなら診療所の大切さも素直に理解してくれ、オーナーシップ(参加意識)も育ちます。今では、毎日無給で手伝いに来る人がいるぐらいです。現在、2つのハウスが運営されていますが、引き続きどんどん建てるので、今後はハウスの設計も学んでもらう予定。施設の維持のためには、設計段階から現地の人たちのクリエイティビティを投入したほうがいい」
日本国内に目を転じれば、同じく地域住民を巻き込んだ、東京・巣鴨の「カモ・カフェ」がある。ここでは子どもたちの手を借りながら廃校をカフェに変身させた。建築家であると同時に母である遠藤氏。子どもたちの創造性を刺激する空間づくりもまた、活動の軸に据えているものだ。
三重県総合博物館の「MieMuこども体験展示室」は遊ぶように自然や歴史・文化を学べる施設。子どもたちは海山をかたどったフィールドを探検しながら動物や植物の資料に触れてゆく。遊びが学びであり、学びが遊びであるような場である。
遠藤氏のつくる空間を指して「その場に入ると子どもが走り出すんですよ」と語るのは、宮原氏。
「大人も、遠藤と話しているうちに自分の中の子どもが目を覚ましてしまうんです。ザンビアの人たちもそうでした。マタニティハウスのつくり方を教える時も、言葉は通じなくても、踊りと歌にしたら覚えてくれた。これが遠藤のデザインの力なんですね」
相澤氏が続ける。
「多くの人が大人になる過程でふたをし、忘れてしまう創造の喜びを取り戻すこと。みんな『こうじゃないといけない』と窮屈になっていますが、その枠を取り外したらどれだけ楽しくて気持ちがいいか、仕事で伝えられる人が必要なんです。それがアーティストであり、今の日本が求めている役割。遠藤ならきっとできると思うから、私はこの団体に参加しているんです」
人が自ら考え成長するための〝子宮〞をつくる
二人の理事から、かくも絶大な信頼を寄せられる遠藤氏とは、一体どのような人物なのか。彼女がマザー・アーキテクチュア設立に至るまでを辿ろう。
大学と大学院で建築を学んだが、「建物そのものにはあまり興味がなく、建築的なスキルで見たことのないものをつくることに興味があった。だからガウディとか大好き」と振り返る遠藤氏。大学院修了後は建築事務所に籍を置き、1年後に共同事務所を設立。商業施設や展示会などのデザインを中心に、多忙を極める日々が続いた。しかしある日、危機感が脳裏をよぎる。
「このままだと10年後、アイデアが枯渇するなと。一度、全然違う常識のなかに飛び込んで、〝変わらない私〞を探してみたくなりました」
そして1998年、オランダに留学。再び建築を学び始めるが、この頃に転機を迎えることになる。一つは長女の出産だ。妊娠中から、自身の建築観が変わっていくのを肌で感じていた。
「もともとシャープで尖ったデザインが格好いいと思っていましたが、何だか怖くなってしまって。生理的な安心と、快適さを感じる優しいデザインに惹かれるようになりました」
「何のためのデザインか」という問いが生じたのもこの頃だ。デザインの主役は自分ではなく、その空間にいる誰かではないのか。
「それまでは〝私のデザイン〞〝私の作品〞という意識がありました。でも子どもって、〝その場〞に入ると、大人が考えてたこととは全然違うことをします。そこにいる人たちが、自分で考えて、自分で成長できるような場を用意できたらと」
指導にあたっていた教授も、そんな遠藤氏の感性をいち早く見抜き、評価したという。「きみのつくるものは科学調合じゃない。空間を培養する〝子宮〞なんだよ」。発言の主はエリア・ゼンゲリス教授。レム・コールハースを育てたことで知られる巨匠である。
もう一つの転機は公共とデザインのかかわりを学んだことだ。オランダは「市民が社会をつくる」意識が強い国。信号機やゴミ箱、市役所の住民異動届一つとっても、ユニバーサルかつアイデアに溢れたデザインが投入されているのが新鮮だった。
「公園に行けば遊具が色鮮やかで、1杯100円でコーヒーが飲めるスペースもあった。無料で遊べる公園なのに贅沢なお出かけをしているよう。子どもにも大人にも楽しい空間でした」
2003年に日本に帰国すると、一級建築士事務所「office mikiko」を設立。住宅やオフィス設計などを手がけながら、一方では「より豊かな都市環境、子育て環境をつくりたい」との思いがふくらんでいく。オランダに比べ、日本の子育て環境はとても貧弱に見えたという。公園のデザインにしても「無味乾燥、無難なものばかり」。子どもと親が一緒になってくつろげる遊び場ができないか。もっと創造的になれる公共施設はできないか。そんな思いが、公園や博物館など公共性の高い領域のプロジェクトへと結実していく。
過去にない空間づくりをしようと思っても、仕事が取れるとは限らない。だが、「最初からやりたいようにやらせてもらえる環境があった」という遠藤氏。「先物買いの目線を持った素敵な大人が周りにいてくれた。ワーワー騒いでいると、目をかけてくださり、出会いや仕事を紹介してくれる人がなぜか現れる」。そんな素敵な大人の一人が、選曲家・プロデューサーの桑原茂一氏。彼が主宰するフリーペーパー『dictionary』に寄稿を求められると「あるべき都市の姿」を〝妄想〞し、絵と文にしたためた。その頃すでに遠藤氏と協働していた相澤氏が続ける。
「その誌面を見た方から、『公園の遊具のデザインをしてください』といった話が舞い込むようになったんです。遠藤の絵には不思議な力があります。わーっていろいろ話しながら、みんなが欲しいと思うものを瞬時にビジュアルにしてしまう。まるで魔法使いのようですよ」
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- 志を共有した異分野のプロが結集。設計以外の案件も
- 遠藤 幹子
東京藝術大学大学院建築専攻修了。ベルラーヘ・インスティテュート(オランダ)修了。
留学中の出産子育てを経て、2003年にofficemikiko一級建築士事務所を開設。
JCDデザインアワード新人賞、こども環境学会デザイン奨励賞ほか受賞多数。桑沢デザイン研究所講師。
一級建築士。
- 相澤 久美
1997年より、設計事務所を共同主宰。
現在は、一般社団法人サイレントヴォイスを活動母体とし、映像製作・配給、各種企画制作を行う。
一般社団法人震災リゲイン代表理事。
震災専門メディア『震災リゲインプレス』発行人。
各地でアートプロジェクトのプロデュースも手がける。
- 宮原 契子
東京大学卒業後、日本および外資系広告会社で、
主に子どもや女性を対象としたマーケティング、ブランド開発などを担当。
東日本大震災をきっかけにNGOに転職し、東北の女性支援とリーダーシップ育成を行っている。
BA(教養学士)、MBA(経営管理学修士)、MPA(行政学修士)。
- 一般社団法人マザー・アーキテクチュア
設立/2013年5月(母の日)
代表理事/遠藤幹子
所在地/東京都渋谷区千駄ヶ谷5-3-6