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そこにいる人、働く人、住む人が どう輝けるか。建築はそのための装置。 人間の意識を拡張する場所として 存在するものだと思う

そこにいる人、働く人、住む人が どう輝けるか。建築はそのための装置。 人間の意識を拡張する場所として 存在するものだと思う

小堀哲夫

 新時代の建築家として、小堀哲夫がその名を知らしめた作品は、やはり「ROKI Global Innovation Center-ROGIC-」だろう。この研究開発施設は環境建築としてだけでなく、従来の概念を打ち破るものとして高く評価され、2017年、日本建築学会賞とJIA日本建築大賞の2大タイトルをダブル受賞した。光や風といった自然要素との融合は、小堀の〝核〞となるテーマで、手がけてきたすべての建築に貫かれている。自然の素晴らしさや世界の多様性、そして、〝生〞が中心にあることを感じさせる建築とは何か――小堀の純然たるエネルギーの源は、その飽くなき探究にある。

海外の都市調査を通じて建築をより深く学び、今日の礎を築く

 大学院に進み、建築史家である陣内秀信氏のゼミに入ったことで、小堀はさらに大きな学びを得る。歴史研を選んだのは、「いったん意匠から離れようと思ったから」。設計は大好きで、コンペに出せば常に選ばれ、卒業設計も優秀賞を受賞するなど、その才を発揮していた小堀だが、あえて傍流ともいえる道を選んだのである。

本取材は、2024年6月3日(月)、小堀哲夫建築設計事務所の新オフィス(東京都文京区)で行われた。現在、25名の所員が在籍。施主との対話を繰り返し、自然の素晴らしさや世界の多様性、そして人が中心にいることを意識した建築を提案する

 設計についてはいい評価をもらっていたのですが、ある種定型化された考え方、学習、プレゼン方式を学ぶうちに頭でっかちになっている感覚が生じ、どこか違和感があったんですよ。身体的に腑に落ちないというか、「これが俺の建築だ」と言えるのかと。設計だけやっているとまずい気がして、それで、様々な国をフィールドワークする陣内研を選んだのです。

山と同様、完全にハマりまして(笑)。イタリア・レッチェの都市調査に参加したことも大きかった。どこを訪れても、現地の人たちは我が街、我が家を褒めるし、本当に幸せそうに生活している。感動しましたね。都市には建築と人間が存在していて、どういう関係性であるべきか。〝生活=ソフト〞というものを考えることが非常に重要だと学び、環境への意識も高まりました。建築って、その場所が持つ潜在力を覚醒させる「環境装置」なんですよ。そういった建築の本質を追究したいという思いはずっと変わりません。
キャリアのスタートは組織設計事務所で、これもやはり、陣内先生と縁があり、先輩もいた久米設計に約10年間お世話になりました。携わった仕事は大学や研究所、オフィスが多く、今につながる経験を積ませてもらったし、何より久米時代には、とてつもなく重要な出会いがありました。まず、野口秀世さんという僕にとって建築の師匠ともいえる人。常に「お前は何をやりたいのか」を問うてくる建築家でした。直属の上司ではなかったのですが、公共や人間を中心に据えるスタンスを貫き、建築と格闘するかのような仕事ぶりに触れて、影響を受けました。建築は自分の一生を懸けてやるもの――野口さんは、そう教えてくれたのです。

そしてもう一人。後にイノベーションセンターのプロジェクトでご一緒することになるクライアント、ROKIの島田貴也社長(当時専務)です。自動車関連を主とするフィルターメーカーで、そのオフィス設計のコンペに臨んだのが出会いのきっかけでした。「働く人たちが鼓舞されるような建築を」というオーダーで、さらに島田さんは、組織というより実際に設計する人がプレゼンをしてほしいと。これは燃えるじゃないですか。結果として僕がコンペで勝ち、島田さんの願いでもあった日経ニューオフィス経済産業大臣賞などの賞も取ることができた。抱き合って喜んだのを覚えています。

 一つの建築を通じてクライアントの夢を実現した経験、これが独立のきっかけになった。組織には多くの仕事があるが、この先、どういう選択をしていくか――。「あなたに頼みたい」という施主とともに歩もうと考えた小堀は、37歳の時に事務所を設立する。創業メンバーは3人、自宅を仕事場にしてのスタートであった。

 時はリーマンショックの頃。独立時点で仕事があったわけでもなく、不安でいっぱいでした。ただ、久米設計を辞める時には「頑張れよ」と応援してもらったし、父親に言われた「先のことは考えるな。今を生きろ」という言葉が背中を押してくれた。「目の前の仕事を一生懸命やれば、終わった時に自ずと次の仕事が来るものだ」と。

最初の数年は、なかなか契約を得られず厳しかったんですけど、そのなか、チャンスをくれたのが先の島田社長でした。「ROGIC」です。リーマンショックで多くの建築プロジェクトが止まっていたから、普通に考えればイノベーションセンターの新設などあり得ないわけです。しかし、島田さんの熱意、僕への信頼を絶対に裏切るわけにはいかない。これはもう、命懸けでやろうと思いました。

研究開発施設として、エンジニアに創造性の高い発想をしてもらうためには、どんな空間が必要か。何度も議論を重ねて生まれたコンセプトは「人間の創造性が覚醒する空間」。自然環境に恵まれた土地に新たな建築をつくることで、自然の変化や気持ちよさを体験し、働く人たちの新しい発想が生まれる場所になることを目指しました。設計と施工合わせて4年という長いプロジェクトでしたが、時間をかけられたのは幸運だったとも思います。過程で、僕が感動した建築物の話をすれば、島田さんは「実際に見たい」と言ってくれて、国内外問わず一緒に出かけたりもしました。建築がどんどん面白くなったようで、「生まれ変わったら、私も建築家になりたい」と。僕にとっては、これが何よりの言葉です。

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従来の概念を打ち破る建築で、新たな時代性を照らし出す

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PROFILE

小堀哲夫

小堀哲夫

1971年9月29日 岐阜県大垣市生まれ
1997年3月 法政大学大学院工学研究科
建設工学専攻修了
株式会社久米設計入社
2008年11月 株式会社小堀哲夫建築設計事務所設立
2014年4月 法政大学兼任講師
2020年4月 法政大学デザイン工学部建築学科教授
家族構成=妻、娘1人、息子1人

主な受賞
2017年、「ROKI Global Innovation Center -ROGIC-」で日本
建築学会賞、JIA日本建築大賞を同年史上初のダブル受賞。
2019年、「NICCA INNOVATION CENTER」で2度目のJIA日
本建築大賞を受賞。ほか中部建築賞、SDA賞、JIA環境建築優
秀賞、BCS賞、日事連建築賞「国土交通大臣賞」、AACA(日本
建築美術工芸協会)賞優秀賞、デダロ・ミノッセ特別賞など多数。

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