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そこにいる人、働く人、住む人が どう輝けるか。建築はそのための装置。 人間の意識を拡張する場所として 存在するものだと思う

そこにいる人、働く人、住む人が どう輝けるか。建築はそのための装置。 人間の意識を拡張する場所として 存在するものだと思う

小堀哲夫

 新時代の建築家として、小堀哲夫がその名を知らしめた作品は、やはり「ROKI Global Innovation Center-ROGIC-」だろう。この研究開発施設は環境建築としてだけでなく、従来の概念を打ち破るものとして高く評価され、2017年、日本建築学会賞とJIA日本建築大賞の2大タイトルをダブル受賞した。光や風といった自然要素との融合は、小堀の〝核〞となるテーマで、手がけてきたすべての建築に貫かれている。自然の素晴らしさや世界の多様性、そして、〝生〞が中心にあることを感じさせる建築とは何か――小堀の純然たるエネルギーの源は、その飽くなき探究にある。

従来の概念を打ち破る建築で、新たな時代性を照らし出す

 冒頭で触れたように、2大タイトルをダブル受賞したこのROGICによって、小堀は大きく注目される。そして、次いで手がけた化学メーカー・日華化学の研究所「NICCA INNOVATION CENTER」もJIA日本建築大賞に選ばれ、2度目の受賞という快挙を遂げた。パブリックスペースを有し、光と風が差し込む本研究施設は、一般の閉鎖的なイメージを大きく覆すものだ。

 例えば、季節や時間の流れを感じられるよう、自然光をふんだんに取り入れるつくりや、「コモン」と呼ぶシームレスな共有空間の配置は、オープン性を強く意識してのことです。コモンは人、自然環境、活動などが常に変化し続ける空間。多様な人々が多目的に利用し、活発な交流が生まれる場は、イノベーションが創出する場でもあります。環境が働く人に大きな影響を与えること、その環境の要素として自然がとても重要であることは、過去の経験からもはっきりしていたので、僕にとっては一貫したテーマなんですよ。

もともと「オープンイノベーション」を目的にしたプロジェクトです。設計の初期段階では、日華化学の社員と何度もワークショップを重ね、ともに計画を進めてきました。時間や手間はかかるけれど、設計に重要な情報、最大公約数的な意見ではない本音や創造的なアイデアも出てくるので、ワークショップはとても有効だと思いますね。何より、使い手の意識が大きく変わります。実際、完成した研究所は愛着を持って使われていますし、何より、社員たちが「自分たちの建築だ」と語ってくれるのが本当に嬉しい。こうして建築は社会に根づく、必要なものになっていくのだと感じますね。

そう、建築はクライアントや社会、環境と一緒になってつくりあげるもの。そして、その喜びは共有すべきなんです。昨今は環境破壊などの問題もあって、新しい建築がバッシングされがちでしょう。一方で、建築って高度な技術だから、倫理観をなくせば何かをごまかすこともできる。それじゃダメで、やっぱり誰もが納得しなきゃいけないし、歩を合わせて進めることがすごく大事だと思うのです。それは、かつて調査に行ったイタリアで感じたことで、だからこそ皆、「我が街は最高だ」と言うわけです。僕の建築もそうありたいと、常に思っています。

 以降、「梅光学院大学」や大和ハウスグループの「みらい価値共創センターコトクリエ」、「光風湯圃べにや」など、小堀の活動は絶え間なく続く。いずれも、小堀の作品を見て依頼が入った仕事であり、「一生懸命やったことはつながっていく。まさに父親が言ったとおりでした」と本人は語る。

本当につながっているんですよね。日華化学の研究所をやった時に、福井で有名な旅館に泊まったんですけど、それが、べにや旅館でした。1年後ぐらいでしょうか、火事で全焼してしまった旅館を再建したいと、女将さんたちが相談に来られたのです。「日華の研究所を見て感動したから」と。

べにやのことはよく覚えていました。100年以上の歴史を持つ数寄屋建築で、その時々に増築を繰り返してきた建物です。曲がりくねって先が見えない薄暗い廊下、どこまでも続く軒のつながり……まるで妖怪でもいそうな感じ(笑)。それが魅力的で、時代の変化を感じることができる空間こそが、旅館の真髄だと気づいた場だったから。旅館は初めてでしたし、そこに我々の現代建築がどう立ち向かえるか――強い興味を持って臨みました。

父親から常々、一番贅沢なのは平屋だと聞いていたから、部屋数を減らして小さくしようという提案をしました。驚かれましたけど、十分にお話をして。そして、17部屋すべてに自然光が届き、庭や源泉かけ流しのお風呂がある設計とし、デザインや仕上げは一つひとつ変えています。さらには、増改築しやすいよう構造的な要素はなくし、廊下だけRCにして、あとは全部木造。

と、いろんな工夫が詰まっているのですが、見た目は普通の和風旅館(笑)。従来の僕の建築作品に見られる新しさは追求していないけれど、訪れた人は「新しいけど懐かしい」と言ってくださる。それが何より。新築にはない建築の魅力を求めた、僕にとっては非常に思い入れのある仕事です。

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日々の仕事、そして大学での研究を通じて、建築の本質を問い続ける

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PROFILE

小堀哲夫

小堀哲夫

1971年9月29日 岐阜県大垣市生まれ
1997年3月 法政大学大学院工学研究科
建設工学専攻修了
株式会社久米設計入社
2008年11月 株式会社小堀哲夫建築設計事務所設立
2014年4月 法政大学兼任講師
2020年4月 法政大学デザイン工学部建築学科教授
家族構成=妻、娘1人、息子1人

主な受賞
2017年、「ROKI Global Innovation Center -ROGIC-」で日本
建築学会賞、JIA日本建築大賞を同年史上初のダブル受賞。
2019年、「NICCA INNOVATION CENTER」で2度目のJIA日
本建築大賞を受賞。ほか中部建築賞、SDA賞、JIA環境建築優
秀賞、BCS賞、日事連建築賞「国土交通大臣賞」、AACA(日本
建築美術工芸協会)賞優秀賞、デダロ・ミノッセ特別賞など多数。

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