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そこにいる人、働く人、住む人が どう輝けるか。建築はそのための装置。 人間の意識を拡張する場所として 存在するものだと思う

そこにいる人、働く人、住む人が どう輝けるか。建築はそのための装置。 人間の意識を拡張する場所として 存在するものだと思う

小堀哲夫

 新時代の建築家として、小堀哲夫がその名を知らしめた作品は、やはり「ROKI Global Innovation Center-ROGIC-」だろう。この研究開発施設は環境建築としてだけでなく、従来の概念を打ち破るものとして高く評価され、2017年、日本建築学会賞とJIA日本建築大賞の2大タイトルをダブル受賞した。光や風といった自然要素との融合は、小堀の〝核〞となるテーマで、手がけてきたすべての建築に貫かれている。自然の素晴らしさや世界の多様性、そして、〝生〞が中心にあることを感じさせる建築とは何か――小堀の純然たるエネルギーの源は、その飽くなき探究にある。

日々の仕事、そして大学での研究を通じて、建築の本質を問い続ける

 所員は25名となり、体制も強化されてきた。最近は指名コンペに参加する機会が増えたそうで、順当に選ばれている。「三愛ドリームセンター」の建て替え、「武蔵野公会堂」の改修、「東京都北区新庁舎」などのプロジェクトが進行中だ。プロジェクトは違っても、目指すところは「人間が生き生きとできる場所」。そこに変節はない。

 今、我々にとって特に強いテーマになっているのは公会堂や劇場、つまりホールですね。ホールは非日常的な空間であり、そこでは一個人にもなれるし、全体の共有感も得られるでしょう。音という見えない存在を伴って、無機質な建築にどういうゆらぎのある環境が生まれるのか。変化するものが、いかに個人に、全体に感動を与えるか。ホールって、まさにそのための装置ですからね、人間が感動しなければ意味がない。従来の我々のビルディングタイプにはない初のプロジェクトですが、一番挑戦したかった空間。わくわくしながら取り組んでいるところです。

結局のところ、そこにいる人、働く人、住む人がどう輝けるかです。建築はそのための装置。人間の意識を拡張する場所として存在するものだと思う。より多くの情報を得られ、より遠くに自分を飛ばすことができる……まさに、山がそうなんですよね。山も無機質なものですが、そこに人間が入り込めば命を感じるのと同じです。 建築のコンセプトって、往々にして理論武装されがちですが、実際のところは、うまく伝わっていない気がするんですよ。でも、人間のようには語らない建築からは、伝わってくる何かがある。佇まい、存在自体がコンセプトであり、それが語りかけてくる。逆の言い方をすれば、存在自体が語りかけてきて、それに応答したいと感じるような建築でないとダメだと思うのです。僕にとっては、すごく重要なテーマ。どんなプロジェクトにも、それぞれのプログラムや機能に難しさはあるけれど、そこは丁寧に研究して、建築の本質追究を深めていきたいですね。

 法政大学で研究室を構える小堀は、学生たちの指導にも力を注ぐ。24年現在、研究室には総勢40人近くのゼミ生が所属し、様々な活動が行われている。活動・研究のベースは「フィールド」「プロジェクト」「ヒューマン」の3つで、これらには、小堀自身が学び得てきた知見が集約されている。

 とにかくフィールドに出よう!と。僕が大学生の頃に、自然から多くを学んだことや陣内先生から教わったフィールドワークの魅力、意義を体感してほしいのです。そして、物事に深く関与し、観察するということも。調査ですから、すべてスケッチに起こすわけですが、ポイントになるのは実測です。建築がどんな意図に基づいてつくられているのか、それを読み解くには実測が有効で、これも陣内研で学んだことです。見ているだけでは本当の観察とはいえない。ともに生活し、触ったり、測ったりして体に入れるのが観察だと。これはいいトレーニングになるので、僕自身、今も続けています。結局、調査が好きなんです(笑)。ちなみに、最近やっと南米に行けたんですけど、これで南極大陸以外は制覇しました。

学生と一緒にやっているプロジェクトは大小様々ありますが、継続的に研究しているのは「大江宏研究」。母校の建築学科の礎を築いた人物なのに、恥ずかしながら、大学生の頃はまったく興味がなかったんです。でも、近年取り壊しが進んでいる大江建築を後世に残せないかといろいろ調べているうちに、「もっとよく知らないといけない」と、今さらながら思いまして。大江さんのお父さんも神社建築の大家だったこと、そして、海外を巡って学んだ経験からモダニズム全盛に疑問を呈したこと。おこがましいですが、何か通じるものを感じて、今では、この研究は僕のミッションだと思っています。

「重要なのは、何がつくられたかということではなく、いかなる洞察のもとにそれが成されたかということである」。大江さんは、アーキテクトマインドをこう提唱しました。さらに続きとして、「建築は人間の営みの多様な位相に向けて、自在に伸びるものでなければならない」と言っています。こういう考え方やスピリットは、やはり後世に伝えていくべきです。

学生にしてみれば、なぜ今さら大江宏研究?と思うかもしれません。新しく、有名な建築を見たい気持ちはわかるし、業界的にも未来ばかりを見る潮流が強いですからね。でも、時代はつながっているのです。古いものがあるから新しいものがあるわけで、天秤のように歴史という〝重し〞でバランスを取ることが大事。それに古いものって、感動しますよね。悪い意味ではなく、そこには人間の澱というか、沈殿した何かがあるから。それを見失うと、建築の本質には近づけない気がします。

突き詰めれば、大学で取り組みたいのも日々の仕事と同様、「建築とは何なのか」です。深遠なテーマだけれど、複雑な社会である今こそ、向き合わなければいけないし、アーキテクトマインドも、もう一度考える時期にきているのではないでしょうか。

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PROFILE

小堀哲夫

小堀哲夫

1971年9月29日 岐阜県大垣市生まれ
1997年3月 法政大学大学院工学研究科
建設工学専攻修了
株式会社久米設計入社
2008年11月 株式会社小堀哲夫建築設計事務所設立
2014年4月 法政大学兼任講師
2020年4月 法政大学デザイン工学部建築学科教授
家族構成=妻、娘1人、息子1人

主な受賞
2017年、「ROKI Global Innovation Center -ROGIC-」で日本
建築学会賞、JIA日本建築大賞を同年史上初のダブル受賞。
2019年、「NICCA INNOVATION CENTER」で2度目のJIA日
本建築大賞を受賞。ほか中部建築賞、SDA賞、JIA環境建築優
秀賞、BCS賞、日事連建築賞「国土交通大臣賞」、AACA(日本
建築美術工芸協会)賞優秀賞、デダロ・ミノッセ特別賞など多数。

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