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頭に思い描いたものが 実際の建物空間になる。しかも 毎回違うテーマに挑戦できる。 それが建築家のやりがい

頭に思い描いたものが 実際の建物空間になる。しかも 毎回違うテーマに挑戦できる。 それが建築家のやりがい

東 利恵

「星のや」と聞けば、誰しも一度はそこで非日常に浸ってみたい、と思う施設だろう。その世界観の創造に欠かせない役割を担ってきたのが、建築家・東利恵だ。所長を務める東 環境・建築研究所は、同ブランドをはじめとする星野リゾートの宿泊施設をメインに、住宅や商業施設などを広く手がける。
印象に残る建物を数多く設計した東だが、それらは自らの〝作品〞ではなく、〝プロジェクト〞だと言う。例えばそんな一言に、唯一無二の建築を生み出す術が凝縮されているのかもしれない。

仕事がある限り現役。学んだことを生かせる〝次〞に進んでいきたい

 留学時代の出会いに端を発する星野リゾートの案件は、現在事務所のメインの仕事になっている。「どれも規模が大きく時間もかかるので、なかなか他を受けられない」なか、東は東京・世田谷の集合住宅「亀甲新」、東日本大震災で被災した宮城県女川町の旧市街地跡につくられた商業施設「シーパルピア女川」の設計なども担当。ところで、今手がけているのは、ラグジュアリーな〝監獄ホテル〞。決して奇を衒ったコンセプトホテルなどではない。

 奈良市内に「旧奈良監獄」という赤レンガ造りの建物があります。明治政府が国際標準を満たした監獄を造ろうと計画し、1908年(明治41年)に完成させた五大監獄の一つで、国の重要文化財にもなっている名建築なんですよ。ここを改修して、九つ目の「星のや」にしよう、というわけです。

 建物は、真ん中の看守塔から放射状に廊下が延びていて、その両側が〝房〞になっているんですね。一部屋は3畳ぐらいの広さしかありませんから、扉1枚分だけの穴を開けて、何部屋かつないだ客室にします。なにせ〝重文〞ですから、改修の制約もあるし補強も必要だし、ということで、けっこう時間もかかります。でも、こんなホテル、なかなかないですよね?

 こういうふうに、設計には、毎回違うテーマや条件があって、いろんなことができる。ちょっとしたことを見逃さないでいると、ヒントや課題がいろんなところに転がっているのも、この仕事の面白いところです。

 ある大学で教えていた時のこと、一人の男子学生が、雑談で「友人と旅行には行きたくない」と言うのです。理由は、「一緒の部屋で寝るのが嫌だから」。そんな話がきっかけで実現したのが、「OMO7大阪」の「いどばたスイート」という客室です。部屋の真ん中にテーブルとソファを設えたリビング。ベッドは四隅にそれぞれブース化されていて、プライベート空間が保たれる。ありそうでなかったゲストルームは、もちろん大人にも大好評です。

 こんな案件も含め、目の前の一つ一つの仕事が、常に建築家としての新たな挑戦です。とはいえ、私はアーティストではないし、自分の設計した建物が〝作品〞だとも思っていません。建築家は、建てる人や使う人、そして社会に対する責任を負っています。住宅建築を例に取れば、そこでは、施主の思いや求める機能性など優先すべきこともある。建った後は、その街の一部になり、街をつくる責任もあります。そういうものを、建築家が自分の作品というのは抵抗感があります。

 また、いかにも〝作品〞と言ってしまいそうな「星のや」の佇まいは、建築家一人で生み出したものではありません。施主やランドスケープアーキテクトのみならず、実際に建築に携わった多くの人も含めた、様々な職種の人たちなど、まさにチームワークの結晶です。そういう意味で、私は出来上がった建物を〝プロジェクト〞と呼ぶことに決めているんですよ。

 今年4月、日本女子大学住居学科が、建築デザイン学部建築デザイン学科に衣替えした。それに合わせて、東は特任教授、特別招聘教員として、母校で教鞭を執ることになった。学生には、「大変なこともありますが、それすら必要だったことと思える仕事です。この仕事の楽しさを大学で伝えていきたい」(同大学ホームページ)とメッセージを送る。

 私の建築家としての原点ともいえる、「大原のアトリエ」の話をしました。今でも、建物完成のタイミングが一番ワクワクします。自分の考えた図面や模型が実物大の形になり、そのなかに立って、確かに空間を感じることができる。こんな感動、醍醐味を味わえる仕事は、そうはないでしょう。

 一人でも多くの若者にプロジェクトを担う建築家として、羽ばたいてほしい。自らの経験も踏まえてお話しすることがその一助になれば、こんなに嬉しいことはありません。大学に行くのは、実は自分自身の勉強機会を増やすためでもあります。先ほどのゲストルームの話のように、若い人たちの発想、感性から学ぶことも多いのです。

「仕事がある限り現役」というのが、私の目標。常に、そうやって吸収したことを生かせる〝次〞に向かって、進んでいきたいですね。

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PROFILE

東 利恵

東 利恵
Rie Azuma

1959年10月5日 大阪府池田市生まれ
1982年3月 日本女子大学家政学部住居学科卒業
1984年3月 東京大学大学院工学系研究科
建築学専攻修士課程修了
1986年8月 コーネル大学建築学科大学院
単位取得修了後、
東 環境・建築研究所代表取締役
1988年8月 M.ARCH取得
2024年4月 日本女子大学特任教授・特別招聘教員

主な受賞
「ホテルブレストンコートプライベートコテージ」で日本建築家協
会優秀建築選など。「星のや軽井沢」でARCASIA Awards
Gold Medalなど。「亀甲新」で日本建築家協会優秀建築選など。
「OMO7大阪 by 星野リゾート」で土木学会デザイン賞 優秀賞な
ど。「シーパルピア女川+ハマテラス」で第5回復興政策賞・計画
賞・設計賞 復興設計賞など。

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