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大きな転換点を迎えている建築界。 意匠、構造、設計、施工、管理まで、 皆がきちんとした価値観を持ち、 連携していくことが重要である

大きな転換点を迎えている建築界。 意匠、構造、設計、施工、管理まで、 皆がきちんとした価値観を持ち、 連携していくことが重要である

田辺新一

 建築環境学を専門とする田辺新一の研究者としての道のりは約40年に及ぶ。住宅やオフィスビルのみならず、例えば自動車の室内環境や病院の感染制御など、様々な空間に関する研究を手がけるが、それは、端的に言えば「快適性・健康性の追究」にほかならない。人間が快適に過ごしていくためには、設備や建築をどうすればいいか――研究活動の中心にあるのは常に〝人〞だ。数々の団体の要職や関係省庁の委員を務め、また、企業との連携プロジェクトにも積極的に関与するなか、田辺が示してきた研究成果は公益に資するところが大きい。現在は、早稲田大学の「スマート社会技術融合研究機構」の機構長として、広く豊かな社会づくりに尽力する日々だ。

脱炭素社会の実現に向けて――融合によるイノベーションを牽引

 21年に閣議決定されたエネルギー基本計画には、「2030年度以降に新築される住宅・建築物は、ZEH・ZEB基準の水準の省エネ性能確保を目指す」とある。背景には、日本の温室効果ガス排出量の約3分の1を建築関係が占めているという実態があり、それだけに、脱炭素社会の実現に向けては、建築が大きなカギを握っている。

 その3分の1のうち、オフィスビルなどの非住宅建築物にかかわるCO²排出量は約18%。これは当然、都市部になると占める割合が高くなり、東京都でいえば70%を超えています。カーボンハーフ、ゼロカーボンと言われていますが、つまりは建築対策でもあるんですよ。ことに都市部におけるカーボンニュートラル達成には、建物を変えていく必要があるということです。

 従来型のビジネスのように、例えば、多数の空調機器を設置すれば高く売れる、貸せるといった発想はもう通用しません。特に省エネ性能については、今後ますます規制が強化されるでしょうから、仮に現段階で省エネ適合していても、将来は不良資産化してしまう可能性もあります。省エネに加えて再生可能エネルギーをどう供給するか、快適性・健康性をどう担保するか――今後は、なるべく削ぎ落としていくような設計やシステム、新しい価値、サービスを提案していく必要があると思います。建築業界のビジネスは、脱炭素に向けたサービス事業に移っていくのではないでしょうか。

 結局、温暖化は産業革命によって引き起こされた問題で、それが建築をも変えてきたわけです。空調システムやエレベーター、人工照明の発明……そういう機械化に頼ることで近代建築はできてきた。だから実は、近代建築の保存は非常に難しいのです。エネルギーを〝バカ食い〞するから。保存についてはよく意見を求められるのですが、基本賛成、でも全部残していいの?という感覚はあります。お寺やお城とか、産業革命以前の建築は残しやすいけれど、大半が化石エネルギーに頼っている近代建築はどうかな?と。本当に残すべきところを選んで、再生可能エネルギーで支えないとダメだと思うんです。いずれにしても過去と未来を通観すれば、建築は非常に大きな転換点を迎えていて、どう変わっていくかを本気で考える時代にあると思いますね。

 早稲田大学に「スマート社会技術融合研究機構」が設立されたのは14年。現在は、田辺を所長とする住宅・建築環境研究所をはじめ、先進グリッド技術、太陽光発電システム、次世代交通システムなどといった全12の研究所が所属しており、産学連携の一大プロジェクトが展開されている。

 快適な建築環境というのは、ビルや住宅個別で捉えるのではなく、コミュニティや街全体で考えていくことが必要です。建築だけで閉じこもっていても問題は解決できない。ホリスティックな研究を行うこの機構は、僕自身にとっても非常に重要な場になっています。目標にしているのはスマート社会の実現ですから、ここには理工系を中心とするテクノロジー分野だけでなく、人文社会系やマーケティング、フードテックなんかも入っていて、本当に面白いですよ。

 脱炭素でいえば、再生エネルギーの利用は必須です。太陽光や風車に代表される再エネは、自然相手なので揺らぎがあり、それに合わせて貯めたり、調節したりしながら、うまく利用していかなければなりません。そのためにはエネルギー・マネジメント・システムの技術が必須です。建築や電気・機械・交通などの分野が横断して取り組む研究はフロンティア的なものですし、次代に資するものだとも思っています。

 もう建築家が全部やるという話じゃないんですよね。意匠はもちろん、構造や設備にしても、皆がきちんとした価値観を持って、かつ連携していかないと立ち行かない時代です。思えば、僕の価値観は変わっていなくて、ずっと大事にしてきたのは人間にとっての快適性とウエルネス。研究テーマや場が変わっても、若い頃から追究してきたことは同じ。40年一筋(笑)。現在のように大きな仕事をさせてもらうようになっても、その魂は持ち続けたいと思っています。

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PROFILE

田辺 新一

田辺 新一
Shinichi Tanabe

1958年8月12日 福岡県北九州市生まれ
1982年3月 早稲田大学理工学部建築学科卒業
1984年3月 同大学院博士前期課程修了
1984年11月 デンマーク工科大学暖房空調研究所
1986年4月 早稲田大学理工学部・助手
1988年12月 お茶の水女子大学家政学部専任講師
1992年4月 カリフォルニア大学バークレー校環境計画研究所
10月 お茶の水女子大学生活科学部助教授
1997年2月 デンマーク工科大学エネルギー研究所、ローレンスバークレー国立研究所客員研究員
1999年4月 早稲田大学理工学部建築学科助教授
2001年4月 早稲田大学理工学部建築学科教授
2007年4月 改組により、早稲田大学理工学術院 創造理工学部建築学科教授

主な受賞
米国暖房冷凍空調学会(ASHRAE)R.G.Nevins賞(1989年)、
日本建築学会賞(論文)(2002年)、空気調和・衛生工学会賞
(1995年・2007年・09年・13年・14年・22年・23年・24年)、
日本環境感染学会賞( 2 0 1 2 年)、室内環境アカデミー
Pettenkofer賞(2016年)、文部科学大臣表彰科学技術賞受賞
(研究部門)(2020年)、令和2年度産業標準化事業表彰経済
産業大臣表彰(2020年)
2018年5月 空気調和・衛生工学会会長(~2020年5月)
2021年5月 日本建築学会会長(~2023年5月)
2022年12月 早稲田大学
スマート社会技術融合研究機構機構長

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