その場所が気に入った、 そこにいたい…… 人が湧きだしてくるような空間。 それも百人、千人単位でいることが 絵になるような空間を、つくりたい
小嶋 一浩
大学院在学中に「シーラカンス」(のちC+A、CAtに改組)を共同設立して以来、小嶋一浩は、主に公共建築において多くの話題作を生み出してきた。とりわけ著名なのは学校建築で、代表作「千葉市立打瀬小学校」「宇土市立宇土小学校」「ホーチミンシティ建築大学」などは、今も際立った存在感を放つ。貫かれているのは、建築や都市のなかに、空間の面白さ、自由さを獲得するというこだわりだ。それを実現するための思考は、「アクティビティ」「スペースブロック」「黒と白」などといった独自の言葉に還元されているが、同時にこれらは、新たな建築のありようを示す道標にもなっている。
より素直に、よりワクワク感を持って建築と向き合っていく
近頃では、小嶋は自著『小さな矢印の群れ「ミース・モデル」を超えて』(TOTO出版/2013年)において、新たな建築のありようを示唆した。あらゆることが単純化され、スピードアップされ、誰もが大量生産という大きな矢印に集中していた20世紀を振り返り、「その歪みが建築のなかにも溜まっている」と、小嶋は語っている。
風、光、音など、空気中には様々なものが流れていて、それを高度に制御してきたのが近代建築だとすると、もう少しその流れに、つまり「小さな矢印」に身を任せたらどうだろうと。建築のつくり方も違ってくるはずです。
一度、微分的に見たほうが、大雑把な二元論にならないと思うんですね。例えば「自然なのか、人工なのか」とするのではなく、小さな矢印みたいな思考でいくと、建築と雑木林が等価に見えてくる。そうすると、これらを連続的に扱える方法が出てきます。従来は「木を切るな派」対「造成派」みたいな構図となって、対比的に扱うことが多かったけれど、小さな矢印で思考すれば、そして丁寧にやれば、人が住める領域は木を切らずとも獲得できるという話です。視点を変えれば〝飛ばせる〞ことはたくさんあるんですよ。
僕が最近思っているのは、「人が湧いてくる空間」をつくりたいということ。その場所が気に入った人、そこにいたい人……人が湧きだしてくるような空間。それも百人、千人単位でいることが絵になるような空間をつくりたいのです。もちろん絶対数の問題ではないけれど、建築も都市も、人がいて、建築に対する欲望があって成立するのですから、それに対してより素直に向き合った時、何がどう変わっていくんだろう、そこに興味があるのです。
その意味で、広島市にある「アストラムライン新白島駅」は面白い仕事になりました。山陽本線とアストラムラインが交差する場所につくった乗換駅です。円筒シェルを軌道に合わせてアーチ状につないでいくという難しい立体を採り、そこに開口をたくさん開けて、地下に光を落とす。日本の駅って、屋根のイメージが強いでしょ。それを空間にしたわけです。SNSなどでも話題になって、いろんな人が写真やコメントを投稿してくれている。聞けば、アストラムラインの乗客数が十数パーセント増えたそうで、それも広島市内に通う女子大生たちが多いとか。まさに人が湧いてくる空間。こういう話は、すごくうれしいですよね。
一方、小嶋はプロフェッサー・アーキテクトとしても長く活動している。35歳の時、「設計教育を」と請われて教鞭を執るようになった東京理科大学理工学部では17年間、そして現在は、横浜国立大学大学院/建築都市スクール〝Y ‒GSA〞で教授を務めている。大切にしてきたのは、フラットな姿勢。学生たちと「面白いと思うことを一緒に考えよう」というスタイルだ。
とにかく面白がってもらえるように。そして、モチベーションを与えること。それを常に考えてきました。理科大の時は、1年生と4年生以上を担当していましたが、1年生に対しては、建築って何をやるんだろうというワクワク感があるうちに、空間の面白さが体感として伝わるプログラム導入を意識しました。基礎から始めると、理屈ばかりで面白くないから。例えば図画工作みたいに、ダンボールとカッターを使って光の空間をつくってみるとかね。空間の面白さにダイレクトにタッチできるこの授業は、今も続いています。
4年生相手には「10年後のあなたからのレポート」という課題を出してみたり。これは、いわば自分で書いた10年後の宣言文によってアクセルを踏ませるわけです。とまぁ、独自のプログラムは数々やってきましたが、現在も含め学生たちに伝えたいのは、建築家がやっている仕事はすごく面白いんだということ。そして、ちゃんとやっていれば世の中の役にも立つということ。
僕自身も、学生たちと一緒に様々なことに取り組むなか、常に発見的なものがあるからモチベーションを維持してこられた。そう、発見しようと思えば面白いことはいっぱいあるんですよ。何より、若いということはフレキシブルなわけで、それはアドバンテージ。僕らは経験上、痛い目にもたくさん遭ってきているから、「あっちに行くと痛そうだ」という判断が入ってしまうけれど、それがない自由さは、最高のアドバンテージです。自分が持っている価値、社会のあらゆるフィクションを捉えながら、建築という仕事を楽しんでほしいと思いますね。
- 小嶋 一浩
1958年12月1日 大阪府枚方市生まれ
1982年3月 京都大学工学部建築学科卒業
1984年3月 東京大学大学院修士課程修了
1986年 東京大学博士課程在学中に、伊藤恭行氏(現CAnパートナー)らと
「 シーラカンス」を共同設立
1988~91年 東京大学建築学科助手
1998年 C+A(シーラカンス アンド アソシエイツ)に改組
2005年 CA(t C+A tokyo)と CAn(C+A nagoya)に改組
2005~11年 東京理科大学教授
2011年~ 横浜国立大学大学院建築都市スクール“Y-GSA”教授