建築家にとって重要なのは、建築をどう認識するか、どう実感するか。それは、常に自分を相対化しながら探していくものである
アトリエ・アンド・アイ 坂本一成研究室 坂本一成
例えば、自由な架構で高い評価を得た「House F」、ヒエラルキー的な集合住宅のつくられ方に一石を投じた「コモンシティ星田」。そして、サステイナブル建築の見本ともされる「egota house A」など、坂本一成は、多く住宅を介して、新しい建築空間の有り様を世に示してきた。また、約40年にわたり大学で教鞭を執ってきた坂本は、思想家としても、社会と建築の関係を真摯に研究し続けている。研究においても、実践においても、その根底にあるのは「建築を自由にする」姿勢だ。それがひいては、人々の生活や活動の自由を許容し、より促すことになると考えている。現代の設計において大切なものは何なのか。相対主義に立ち、常に根本を問い直すスタンスは、今日まで変わらない。
研究成果をもとに、自ら納得のいく建築思想を模索する
住宅をつくり続けた70年代を経て、坂本は、その後の活動を研究と論文にシフトする。本人曰く「大げさに言えば、建築の社会性ということを考え始めた」。その一つの解を求めて実施したのが、「建築のイメージ調査」である。「建築はイメージとしてどう成り立っているのか。一般社会にどう見られているのか」を、きちんと位置づけることを目的にしたもので、のちに、坂本の博士論文にもなった。
極端に言えば、建築は屋根や壁、床、天井などといった構成に因っているわけですよね。これら構成の問題は、建築家にとっては非常に重要ですが、実は一般社会にはあまり関係ないのではないかと。建築が社会的に表現されるのはイメージの問題ではないかと考え、アンケート調査を行うことにしたのです。日本全国、様々な世代を対象にして、3000部くらいは配ったでしょうか。調査内容としては、例えば、建物などの写真を提示して「これは家の形に見えるか、建築の形に見えるか」とか、「住みいいと思えるか、住みにくそうか」などといった80近い質問項目を用意し、建築の形が社会のなかで持っている役割と、図像的なイメージを求めたのです。
分析してみると面白いことに、どういう角度から質問をしても、イメージのパターンは大体7類型に収まる。いかに「社会がイメージを類型化しているか」です。最終的に実証できたのは、現代社会にとっての建築のイメージは、消費社会が持っている構造のなかで成り立っている。つまり、消費社会の構造がそのまま形のイメージを決定しているということです。
「建築での図像性とその機能」として学術論文を出したのは83年でしたが、研究を始めた頃は、周囲から「イメージ論など学問領域にはならない」と一笑に付されたものです。「だったら、やってやろうじゃないか」と(笑)。その後、後進がイメージ論や構成論を続けてくれて、それで学位を取った人も少なくない。うれしいことです。
ちょうど40歳となるこの83年に、坂本は東工大に〝戻る〞。「ずっといたいと思っていた」武蔵美を後にするのは本意ではなかったが、ほかならぬ母校と恩師からの要請である、断る道理はなかった。そして88年には7年ぶりの実施作となった「House F」を発表。「ファサードがない」ことが象徴するように、従前の建築にあった形式性を完全に取り払った本作は、注目を集め、日本建築学会賞も受賞した。
それまで、住宅の在り方として最も基本的な位置づけにしていた「家型」から、逃れたいという気持ちがありました。家型がイコン化し、硬直化して、不自由になってきたように感じていたのです。それを打破したくて、この頃、思いを同じくする伊東豊雄さんや多木浩二さんと、本当にたくさん話をしました。「もう、方向を変えようよ」って。それまでがかなりマニエリスティックだったので、そこから離れていこうと、「House F」でいえば、切妻的ではない不定型の大屋根を載せています。その架構は隣地まで広がるくらいに拡大して自由にし、さらに架構と床を切り離すことによって、かなりの解放性を出せた例だと思います。
その後にやった戸建て分譲住宅地の「コモンシティ星田」も、印象に強い仕事の一つです。大阪府のコンペだったんですけど、提示されたテーマは「戸建て住宅の共同化はどこまで可能か」。ですが、僕たちは逆に、「いかに共有しないで空間を成立させるか」を考えたわけです。一般的な意味での共有部分をなくし、ヒエラルキーを感じさせることのない空間にしたかった。
そのために、ひな壇造成をして、インフラをつくって、それから建築に入っていくという通常の〝つくり方のヒエラルキー〞を排除し、土木と建築の工事を並行させたのです。極端な言い方をすると、先に住宅を散らばらせ、その余りを道路にすると。道路の実施設計は、もちろん土木の方にお願いするわけですが、「こんなの道路と言えるか」と怒られながらね(笑)。法的な問題も含めて、ずいぶん大変な思いはしましたが、結果、自然発生的な集落に近いものができたと思っています。
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- 日本を代表する建築家の一人として、世界的な活動へ
- 坂本 一成
1943年7月19日 東京都八王子市生まれ
1966年3月 東京工業大学工学部建築学科卒業
1971年4月 東京工業大学大学院博士課程を経て、
武蔵野美術大学建築学科専任講師
アトリエ・ハウス10設立
1977年4月 武蔵野美術大学助教授
1983年12月 東京工業大学助教授 工学博士(東京工業大学)
1991年4月 同大教授
2009年4月 同大名誉教授
アトリエ・アンド・アイ
坂本一成研究室設立主な受賞
1990年 日本建築学会賞作品賞(House F)
1992年 村野藤吾賞(コモンシティ星田)
2011年 日本建築学会賞著作賞
(『建築に内在する言葉』/TOTO出版)