建築家にとって重要なのは、建築をどう認識するか、どう実感するか。それは、常に自分を相対化しながら探していくものである
アトリエ・アンド・アイ 坂本一成研究室 坂本一成
例えば、自由な架構で高い評価を得た「House F」、ヒエラルキー的な集合住宅のつくられ方に一石を投じた「コモンシティ星田」。そして、サステイナブル建築の見本ともされる「egota house A」など、坂本一成は、多く住宅を介して、新しい建築空間の有り様を世に示してきた。また、約40年にわたり大学で教鞭を執ってきた坂本は、思想家としても、社会と建築の関係を真摯に研究し続けている。研究においても、実践においても、その根底にあるのは「建築を自由にする」姿勢だ。それがひいては、人々の生活や活動の自由を許容し、より促すことになると考えている。現代の設計において大切なものは何なのか。相対主義に立ち、常に根本を問い直すスタンスは、今日まで変わらない。
日本を代表する建築家の一人として、世界的な活動へ
坂本は、世界各地で多くの展覧会を開いている。個展としては、2001年のパリ・IFA(フランス建築協会)を皮切りに、「ギャラリー・間」、ドイツの現代美術館などで、意欲的に作品を発表してきた。これらが一つの契機となって、公共施設や海外の大型案件が増えてきたが、なかでも最近、とみに広がっているのが中国だ。「東銭湖国際教育フォーラム専門家スタジオ」「常州工学院国際学術交流センター」などは、今年からの着工が予定されている。
メディアや展覧会を通じて作品を発表するのは、外部からの評価を得たいというのもありますが、〝まとめ〞が自分に返ってくるというか、それによって自分の建築を相対化することになるからです。それを新しい仕事に生かすことができれば、手応えを得られるし、自分の変化にもつながっていく。そういう意味で、作品を発表する機会は大事にしたいと考えています。
確かに、展覧会から海外の仕事が生まれた感はありますが、中国については、僕が東工大を退任する前から講演会に呼ばれていたんです。それから展覧会に呼ばれ、仕事のオファーもくるようになった。今、かなり頻繁に中国に行っている感じですよ。僕は、建築家としては作品数が少ないほうだし、できればもっとブレーキをかけながら取り組みたいところなのですが……中国の案件は増えそうな感じです。
一般的に、中国の仕事は急がされるようですが、僕らはそれなりに時間をもらえているし、現場監理まで任せてもらえそうです。ディベロッパーの介在なしにやっているので、そういう意味では恵まれていると思います。政治でどう変わるかはわかりませんが、少なくとも、よく言われる中国の難しさは、今のところ感じずに済んでいますから。この先も変わらず、淡々と仕事を継続していければと思っています。
プロフェッサーアーキテクトとして長く活動してきた坂本に、教育観を尋ねたところ、「一番苦手な質問」だと苦笑された。手取り足取り教えるのではなく、坂本自身がそうであったように、常に相対主義に立ち、自分で建築の本質を問うことを後進にも求めているからだろう。「誰にとっても考えることは同格」という言葉は、実に坂本らしい。
作品の一つに、集合住宅の「egota house」がありますが、これは東京建築士会の主催によるプロポーザルだったんですね。審査員が順番をつけて5点選んだのですが、僕らの案は、実は最下位の5位でした。それが最後、クライアントが選ぶ段になって逆転し、採択されたのです。その理由は「当たり前のような感じを受ける建物」ということで、僕らの趣旨と合致するものでもありました。
また一方、この建築は日本建築学会の選集委員会からは評価されず、掲載の採用がありませんでした。それを再度、3年目に出したら、面白いことに、今度は選集に採用されて作品選奨にも選ばれた。おそらくイデオロギーの違いだとは思います。つまりここで言いたいのは、価値の一元化などできにくいということです。
若い人たちに対して使っている言葉ですが、物事は相対的に見てほしいと思うのです。バシュラールの言葉に「認識論的障害」というものがあります。自分がよく知っている、わかっていると認識していることが、逆に、新しい知識を得る障害になっているということですが、僕が影響を受けた先生方から学ばせてもらったのは、こういうことだと思っています。
ノウハウや手法などは、あとからどうにでもなる。問題は、どう建築を認識するか、どう実感するか。建築家にとって重要なのはこうしたことで、それは、自分たちで相対化しながら探していくしかありません。いつも〝現在〞しかないような風潮は、よくないです。自分が「いい」と納得できることを探し、継続していくことが大切なのではないでしょうか。それが建築家の重要な活動だと思うんですよ。
- 坂本 一成
1943年7月19日 東京都八王子市生まれ
1966年3月 東京工業大学工学部建築学科卒業
1971年4月 東京工業大学大学院博士課程を経て、
武蔵野美術大学建築学科専任講師
アトリエ・ハウス10設立
1977年4月 武蔵野美術大学助教授
1983年12月 東京工業大学助教授 工学博士(東京工業大学)
1991年4月 同大教授
2009年4月 同大名誉教授
アトリエ・アンド・アイ
坂本一成研究室設立主な受賞
1990年 日本建築学会賞作品賞(House F)
1992年 村野藤吾賞(コモンシティ星田)
2011年 日本建築学会賞著作賞
(『建築に内在する言葉』/TOTO出版)