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建築家、構造家を経て、新・世界地図の発明へ。<br />頭で考えるだけではなく、〝手で考える〞ことも大事

建築家、構造家を経て、新・世界地図の発明へ。
頭で考えるだけではなく、〝手で考える〞ことも大事

オーサグラフ株式会社 鳴川 肇

 2009年、一枚の見慣れぬ世界地図が世間の大きな注目を集めた。その地図の名は、「オーサグラフ世界地図」。これは、地球など球面を長方形の平面に書き写す空間表記法で作成された世界地図である。最もポピュラーな「メルカトル図法」で作成された世界地図では、高緯度地方の面積表記が不正確で、島などの形が大きく歪んで投影されるのに対し、「オーサグラフ世界地図」では、陸地の面積比がほぼ正確に表記されると同時に、形や距離の歪みも低減できる。人々の世界認識を大きく変える可能性を秘めたこの画期的な地図を発明、手がけたのは、建築家・構造家の鳴川肇氏らである。建築と世界地図││。両者に共通点はまったくないように思えるが、鳴川氏はいったいどのような経緯でこの地図を生み出すに至ったのか。その類まれな創造性の背景に迫った。

建築の勉強の傍ら全方位を撮影できるカメラを開発

オランダへ渡った鳴川氏は、建築の勉強と並行しながら、遠近法の研究に没頭する。そして全方位を歪みなく平面に表せる透視図法を提案、真上と真下も含めた360度以上の世界を写すことを可能にしたカメラの開発に成功。そして1999年6月、その成果を論文にまとめて発表した。この論文は高い評価を受けたのだが、彼はまだこの成果に満足していなかった。

「そのカメラで撮影した写真はどうしてもギザギザ型の形状になってしまい、完全な長方形として投影することができなかったのです。しかし、それから間もなくして、ギザギザを取り除く方法を思いつきました。この方法を応用すれば歪みの少ない世界地図がつくれるのではないか、という考えにたどり着き、後に発表する『オーサグラフ世界地図』の原型となるアイデアにつなげていったのです」

ただし、鳴川氏に残された時間は少なかった。当時、すでに30歳。蓄えも少なく、生活費を稼ぐ必要に迫られていたのだ。建築の実務に携わりたいという考えも持っていたため、地図製作への思いはいったん封印し、オランダの建築設計事務所VMX Architectsに入所。帰国後には佐々木睦朗構造計画研究所に勤めた。

「設計と構造の事務所で働いたことで、二つの側面から建築を学べ、とても有意義な時間を過ごすことができました。特に佐々木睦朗先生の事務所では、構造事務所にもかかわらず審美眼を要求される機会も多く、建築家としても構造家としても鍛えられたと感謝しています」

2005年、佐々木睦朗構造計画研究所を退職した鳴川氏は、建築デザイナーとして独立。それを機に、6年越しの宿題だった新しい地図図法の研究に再び取りかかる。

「独立したばかりの新人デザイナーに仕事がふんだんにくるはずもなく、当時は時間だけはたっぷりありましたから。地図の切り貼りなど、傍から見ると図画工作と戯れているようにしか見えない作業に没頭した末、07年頃までには、体系的なアイデアとしてまとめることに成功しました」

つくり続けているうち、手がひとりでにものを考え始める

そして09年、鳴川氏はかねてからの悲願であった新しい地図図法を用いて作成した「オーサグラフ世界地図」(詳しくはコラム参照)を「ICC(NTTインターコミュニケーションセンター)」で公開。それまで誰も見たことがない画期的な地図は大きな話題となった。これを機に、彼の人生は新たな方向へ展開し始める。

「建築家の遠藤治朗さんから紹介していただいた学芸員の内田まほろさんをとおして、日本科学未来館の館長である毛利衛さんとお会いする機会に恵まれました。ありがたいことに、毛利さんからはオーサグラフに強い興味を示していただき、日本科学未来館の方々のご協力を仰ぎながら、私が作成した地図でどのような世界観を表現できるかについての模索がスタート。さらに、多分野の専門家と相談しつつ、歴史や教育、科学など様々なテーマの地図を作成する分野横断型の研究者になって、現在に至っています。自分でも驚くほどの急展開でした」

客観的に見ると、鳴川氏の人生には一貫性がないように映るかもしれない。しかし、彼自身の中では、〝デザイン〞という一つの大きな柱が厳然と存在しているという。

「私のこれまでの人生は、〝デザイン〞というものを探求してきた道のりだったといえます。その過程で学んだ立体幾何学を用いることで、建築以外のデザイン、つまり新しい地図のデザインという分野を見つけることができたわけですから」

現在、鳴川氏はオーサグラフの関連ビジネスを手がける一方で、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスに立体幾何学を用いたデザインやエンジニアリングを探求するラボを構えるなど、多忙な日々を送っている。

「建築家やデザイナーを目指している人には、『とにかく手を動かそう』ということと、『つくり続けよう』というアドバイスを送りたいですね。文献を読むことももちろん大切ですが、野球の解説書をたくさん読むだけでは野球が上達しないのと同じで、クリエイティビティを養うためには、絵を描くなどとにかく手を動かすことが一番の近道です。それを続けていくうちに直観力が磨かれて、手がひとりでに何かを考え始めるようになりますから。何かアイデアを思いついたら、ひたすら手を動かし、どんどん突き詰めて形にしてほしいですね」

今なお建築に対する情熱が薄れていないという鳴川氏。「優れた建築家がデザインした建物や空間を見ると、素直に感動することができ、自分もこういう仕事を手がけてみたいと思うことがしばしばあります。機会があれば、ぜひまた、建築デザインに携わりたいですね」と力を込めた。

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PROFILE

代表取締役
鳴川 肇

なるかわ はじめ/

1971年、神奈川県生まれ。

94年、芝浦工業大学工学部建築工学科卒業(JIA卒業設計競技金賞受賞)。

96年、東京芸術大学大学院美術専攻科修了(サロン・ド・プランタン賞受賞)。

99年、ベルラーへ・インスティテュート・アムステルダム修了。

2001年、VMX Architects、03年、佐々木構造計画研究所勤務を経て、

09年、オーサグラフ株式会社を設立。

ICC「オープン・スペース 2009」において、独自開発した「オーサグラフによる世界地図」を公開。

15年、慶應義塾大学政策・メディア研究科准教授に就任。
16年、世界地図図法 「オーサグラフ世界地図」がグッドデザイン大賞受賞。

専門領域は美術製作、建築デザイン、構造計画、世界地図図法、透視図法の開発など。

日本科学未来館アドバイザー。

オーサグラフ株式会社

設立/2009年6月 代表者/鳴川 肇
所在地/東京都杉並区和泉4-47-15

http://www.authagraph.com/

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