未来の建築構造に役立つ“物語”を探究。幾多の自然災害に耐えた歴史的木造建築の構造特性、耐震性を対象に工学的資料を蓄積
東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 藤田研究室
小さな揺れから耐震性を推定する
日本の伝統的木造建築の耐震性などを研究している東京大学工学部の藤田香織准教授。東大の建築学科で学び始めた当時は「構造など、エンジニアリング系の研究に興味があった」というが、興味の矛先はやがて建築史へと移っていった。修士課程からは木造建築をテーマに見据えた。
「日本には古い木造建築が多く残っていますが、研究されているものは意外にも少ないのです」
転機は1995年の阪神・淡路大震災だ。6000人以上が亡くなり、木造建築も多大な被害を受けた。
「耐震性というテーマがいかに切実か、深く考えさせられました。それからは伝統的建造物と耐震性というテーマが一番の興味の対象に。以来、やっていることはほとんど変わらず、日本の伝統的建造物がどんな構造をしており、どんな特性が耐震性をつくり出しているのか解明しようとしています」
扱う伝統的建築物は、構造力学や耐震性といった概念が生まれる以前の時代のものだ。いわば何をどうしたらどれぐらい強くなるのか、わからないまま建てられているもの。構造や建築方法も含めて不明なところが多いという。もう20年以上研究しているという五重塔ですら「わからないことがまだまだたくさんある」のだ。
「もちろん、昔の大工さんも『地震で壊れないように』とは考えていたのでしょうが、少なくとも定量化できていません。そこで私たちは、例えば土壁が地震に対してどれだけ強いのか、その結果をどれだけ一般化できるのか、調べていく。これまで多くの説がありましたが、それを実験的に検証するという側面が強い研究ですね。そこから得られた知見は、伝統的建造物の修理や補強などに活用されていきます」
現在進めている研究に「常時微動測定」がある。感度のよい地震計のようなものを建物に設置し揺れを検出、解析する。建物を壊すことなく構造特性がわかるため「大正時代からよく使われている手法」だというが、藤田准教授らはこれを耐震性の診断に応用しようとしている。
「建物は常時、少しだけ揺れています。こうした小さな揺れから、地震のような大きな揺れに対する強さを推測する研究なのですが、簡単ではありません。というのも小さな揺れと大きな揺れは線形ではなく、力と変形の関係が比例する領域が狭い。その『どんなふうに比例しなくなっていくか』を追いかけるのが難しいのです。しかし図面からの耐震診断に加えて、こうした実際の建物からの耐震診断ができると非常に有用となります。今は基礎的な実験を積み重ねているところです」
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- 木造建築研究の火を絶やしてはいけない
- 准教授 博士(工学) 藤田香織
ふじた・かおり/1993年、東京大学工学部建築学科卒業。
99年、同大学大学院工学系研究科博士課程修了。
東京工業大学建築物理研究センターCOE研究員、
首都大学東京都市環境学部准教授などを経て、2007年より現職。
NPO木の建築フォラム理事。
日本建築学会奨励賞、IABSEPrizeなどを受賞。