生活空間に生じる音・振動を研究し、 よりよい住環境づくりに貢献したい。 取り組むべき課題はまだまだある
日本大学 理工学部建築学科 建築音響研究室 冨田研究室
保育施設の音問題を既製品家具で解決
日本大学理工学部・建築学科の冨田隆太教授は、音と振動の側面から建築空間の〝快適性〞を追及している。床衝撃音による上下階のトラブルは多くの建築物に頻出する問題だ。床の振動が構造躯体を伝わって下階に放出されるといった、固体伝搬音を専門に研究を行っている。
テーマのひとつに保育施設の音問題がある。2015年より小規模保育施設が認可保育所として認められた。定員が20名以上である従来型の認可保育所は敷地の確保が難しいが、6人〜19人の少ない定員である小規模保育施設はあらゆる場所に開設しやすいため急増傾向にある。18年には特区で5歳までの小規模保育が認められ、すでに申請も始まっている。小規模保育施設は利便性を考えてビルのテナントとして入居することも多い。事務所や店舗などの用途からコンバージョンして入ることになるが、古い建物ではスラブ厚が十分ではなく、子どもが集団で遊べば上下階のトラブルは当然予想される。
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「予算が潤沢でない小規模保育施設では、床構造の改修は不可能です。低費用かつ簡単に改善する方法を考えなければいけません」と冨田教授は話す。
そこで、低価格で購入できる既製品の「畳付き収納家具」を敷き詰めてみた。30センチ程度の高さがあり、畳の蓋を開けると収納になるのも保育園には都合がよい。しかし、最初にそのままの状態で設置したところ、スラブだけよりも防音性能が悪化する結果となった。
「防振と遮音を中心に試行錯誤を繰り返しました。床に防振ゴムを敷き、内部を2層にして下部におもりを入れることで解決を図ったのですが、衝撃音以上の高周波数の遮断に苦労しました。最終的に底に遮音シートを敷き詰めることで、15dB程度の性能が確保できました」
収納家具により床の高さは上がるが、空間の高さ方向の動きが出る面白さもある。一部分に使えば、収納家具の上では動の遊び、それ以外では静の遊びをするなどのメリハリもつきやすい。おもりは中身の入ったペットボトルでも代用できることが実証され、緊急時の飲料水の備蓄にも役立てられる。
「上下階の音と振動の抑制はスラブ厚の調整しかないという既存概念を打破できました。この方法は保育園だけでなく、集合住宅などでの音対策にもつながると確信しています」
外部からの騒音や振動の問題を抱える保育施設もある。首都圏では高架下に位置する保育施設が60園以上ある。場所の有効活用とはいえ、住居には使わない高架下を保育施設にすることに疑問を覚えた。半数以上の高架下保育施設の現況調査を目的に、現在約20園の調査を終えている。
「小学校以上には建築学会の音環境規準があるが、保育園にはありません。基準が出たとしても、高架下保育園は想定されないでしょう。私は保育園を高架下に置くのはどうかと思いますが、存在するからには対策を打つべき。まずは保育園に対する騒音評価基準の整備が一つの目標です」
高架下の音の発生源は橋脚と地盤面の振動だ。床から放射される音も前述の畳付き収納家具で防げると考え、現在はさらにバージョンアップを重ねて研究を進めている。
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- 教授 博士(工学)冨田隆太
教授 博士(工学)とみた・りゅうた
1999年、日本大学理工学部建築学科卒業。
2001年、同大学大学院理工学研究科建築学専攻終了。同大学理工学部助手。
2007年、同大にて博士取得。
その後、助教、准教授を経て、18年に教授。
共著に『建築物の振動に関する居住性能評価規準・同解説』(丸善出版)、
『基礎教材 建築環境工学』(井上書院)など。
一級建築士。