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Architect's magazine

どの場所にも存在しているポテンシャルを見つけ出す。それを建築でどう後押しするかを考えるのがとても楽しい

どの場所にも存在しているポテンシャルを見つけ出す。それを建築でどう後押しするかを考えるのがとても楽しい

乾久美子

 乾久美子が独立したのは2000年。以降、集合住宅「アパートメントI」を皮切りに、「日比谷花壇日比谷公園店」「みずのき美術館」、そして約8年にわたる取り組みとなった「延岡駅周辺整備プロジェクト」など、手がけてきた建築設計は幅広い。いずれも、いたずらに強い主張を持っておらず、その地でごく自然に佇んでいる点に持ち味がある。乾が大切にしているのは、常なるフラットな姿勢。「自分がつくりたいかたち」に固執せず、プロジェクト一つひとつに対して真摯に解を求め続けることだ。「その場所が持つポテンシャルを見つけるのが好き」という言葉に、乾らしさが象徴されている。

フラットな視点で建築の存在を捉える姿勢を大切に

 独立して20年超、乾は規模も用途も多種多様な設計を手がけてきた。それぞれの場面で困難な現実や条件と向き合い、真摯に解を求め、新たな建築を実現させてきた道のりでもある。現在、乾が関心を寄せているのはグループホームなどといった福祉関係で、携わっている仕事も多い。

 きっかけは「みずのき美術館」で、これは町家を改修したアール・ブリュットの美術館。クライアントは、障害者福祉施設を運営しつつ、長年にわたってアート活動を育んでこられた福祉法人です。この美術館をつくったあたりから、いろんな福祉法人さんとの接点が出てきました。

今、福祉法人の理事長の立場にある方々は、世代交代を経てだいたい私ぐらいの年齢層です。新しいことにチャレンジしたいという声も多く、それに応えることに大きな可能性を感じています。福祉の現場はトライ&エラーの世界で、何がいいかを手探りしながら動いているようなところがあり、「ケアって何だろう?」を一緒に考えるのは面白いです。もちろんデリケートな側面はあるけれど、それだけに、私たち建築家に何ができるのかを考えたいと思っています。

様々な仕事をしてきましたが、ずっと変わらず大切にしているのは、一つひとつの解を求めるといった時に〝ポテンシャル探し〞をすること。どんなに条件が苦しいプロジェクトであっても、絶対に面白いところが潜んでいます。私は、それを見つけるのが好きなんです。

先の延岡の仕事も、正直、最初は大変だなぁと思いました。高度経済成長期に一気に建てられた街で、観光地という雰囲気もなかったし、シャッターが目立つ駅周辺は一番衰退しているエリアでしたから。とにかく何度も通って、街を歩き回りました。交通量などといったフォーマルなリサーチではカバーできないような観察を意識して続けていくと、面白そうなことが見えてきます。当時、延岡市民の誰よりもまちなかを歩いていたと思いますよ(笑)。各々の場所にあるチャームポイントを探し出し、それを建築でどう後押ししていくのかを考える。これが私の一番大きな心持ちですね。

 かつて〝食いつなぐ〞ために始めた教育活動も、今日まで20年以上続けてきた。現在、横浜国立大学大学院Y‒GSA教授として教鞭を取る乾は、「学生と一緒に学び、考えるのが楽しい」と言う。プロフェッサー・アーキテクトのなかには仕事と教育現場を一体化させるケースもあるが、乾は別次元のものとして捉え、自らも広がりを求めて活動している。

 藝大に研究室を持っていた頃、学生たちと一緒に出版した『小さな風景からの学び』という本があります。建築家がつくったものではないけれど、ここは素敵だなと思う建築や場所を〝小さな風景〞と呼び、それらを全国各地で見つけては撮影した膨大な写真群をまとめたものです。TOTOギャラリー・間での展覧会も行いましたが、私にとっては「どういう建築をつくりたいのか」を自問する、とてもいい機会になりました。

こういった都市リサーチをするようになったのは、東日本大震災の影響が大きかったと思います。瓦礫が概ね片づいた頃だったか、被災地を巡っていると、そこには、爪痕を残しながらも地元の人たちによってつくられた小さな空間が息づいていました。何もなくなった場所に設えられたみんなの居場所とか……それがいかにありがたいか、感じ入ってしまって。それから、学生たちと一緒に各地を巡り、写真を撮り続けるようになりました。

どこの地でも、地元の人たちが日常のものをうまく利用してつくった楽しい場所や、素晴らしい風景があります。そして、そこには必ず何かしらの〝秩序〞がある。それらをひたすら採取し、研究してきたわけですが、今は私が建築を考える際の基本になっています。

『小さな風景からの学び』の事例には、デザイナー不在の空間もあれば、逆に登場したからできた空間もある。そういうフラットな視点で建築の存在を捉えられるようになったのは、リサーチを始めた前後での大きな違いですね。建築家はどうしても計画者の立場にしかなれないけど、〝小さな風景〞のような使い手とともに成長する場所をつくることができるか、という問いと常に向き合っています。どうすればデザインが役に立つのか、デザイナーの真なる役割って何なのか――デリケートな問いではありますが、この先も実践をとおして考えていきたいです。

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PROFILE

乾久美子

乾久美子

教職

1969年大阪市北区生まれ
1992年東京藝術大学美術学部 建築学科卒業
1996年イェール大学大学院
建築学部修士課程修了
青木淳建築計画事務所入所
2000年乾久美子建築設計事務所設立
教職

東京藝術大学美術学部建築科助手
(2000年~2001年)、

東京藝術大学美術学部建築科准教授
(2011年~2016年)、

横浜国立大学大学院都市イノベーション学府・研究院
建築都市デザインコース(Y-GSA)教授(2016年~現任)

 

 

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