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街から考えるデザイン

街から考えるデザイン

Jun Mitsui & Associates Inc. Architects 三井 純

大学の建築学科を卒業し、最高裁判所の設計などで知られる岡田新一氏の事務所で4年勤務した私が、先生の出身校でもある米イェール大学の大学院に留学したのは、1982年のことである。私は当時、同大学の建築学部長だったシーザー・ペリの下で学びたいという強い思いを抱いていた。岡田事務所は、ペリが初めて日本で手掛けたアメリカ大使館の裏手にあり、それが徐々に出来上がっていく様を毎日眺めることができた。こんなに素晴らしい建物を設計する建築家に教えを請い、許されるなら彼の事務所で働いてみたいと考えたのだ。幸せなことに、その願いは叶えることができた。

 イェールのペリの授業で受けた“衝撃”が、今も私の原点にある。建築学科の学生たちに対して彼が最初に口にしたのは、建物のことではなかった。「デザインをする時には、まず周りの環境に目を向けなさい」。要するに、建物を単独のモノとして捉えるのではなく、それが建つ環境、街の一部として考えることが大事、ということだ。例えば、歴史ある建築が並ぶ一角に建てるなら、それらへの調和を選ぶのか、それともあえてモダンな建物にして対比させる選択をするのか。選択肢は様々あるなかで、“なぜそうするのか”をしっかり考えなさい、と彼は言った。

少なくともそれまで自分が学んだ建築学に、そうした発想はあまりなかった。とにかく面白いデザインを考える、あえていえば、誰も見たことがないような建物をデザインするのが建築家の仕事のように思っていた当時の自分にとって、その教えはカルチャーショック以外の何ものでもなかったのだ。アメリカで建築設計をする時には、例えば“ニューヨークらしさ”が強く意識されるということも、現地で初めて知った。同じように“シカゴらしさ”や“ロスらしさ”があり、それらを大切にすることによって、味わいのある街づくりが可能となって、都市の時間が継承されていく――。そんなカルチャーには、正直羨ましさを感じたものだ。

“らしさ”の根幹には地歴がある。そもそもアメリカの文化はヨーロッパ文化から派生したものだという観点から、イェールの授業でも欧州文化、欧州建築の歴史について、多くの時間を割いていた。そうしたベースがあるから、アメリカの建築はモダンであっても、デザインのベースに古典建築の美学が見え隠れしている。

ちなみに日本にも、木造建築という世界に誇る古典建築が存在する。だが、その原理原則が都市づくりの仕組みとして理論化されないまま、ル・コルビュジエに代表されるモダン建築が“輸入”された結果、日本の古典と現代建築の間に分断が生じてしまった。建築教育のベースに、日本の都市構造の特色をベースにした街づくりの方法が理論化されていないという現実を、外の世界を知ることであらためて痛感させられた。

街は、いうまでもなくそこに住む“人”、やって来る“人”のためのものだ。地歴に潜む時間を探りあて、未来につながる街の構造をつくり上げ、建築デザインやランドスケープデザインへと昇華させていくことによって、我々は次の世代へと街をバトンタッチさせていくことができる。建築家の仕事の最終ゴールは、自分が気に入る建物をつくることではなく、現在そして未来にもわたって、街で暮らす人々に安心で快適な環境を提供する“街”を実現することである。ペリに出会ったことで、私は自分の仕事についてそんな哲学を持つようになった。

PROFILE

Jun MItsui

Jun MItsui
光井 純

1978年、東京大学工学部建築学科卒業後、岡田新一設計事務所入所。84年、イェール大
学建築学科大学院修了後、ペリ クラーク&パートナーズ入所。92 年、ペリ クラーク&パート
ナーズ ジャパン代表取締役。95年、光井純アンドアソシエーツ建築設計事務所代表取締
役。2007年にはAIAジャパンの会長も務め、グッドデザイン賞、BCS賞など受賞多数。

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