利用者に寄り添う空間デザインを探求し、 新たな挑戦と社会貢献の機会も提供。 “よきプロ・よき素人”を育成する
関東学院大学 建築・環境学部 粕谷淳司研究室/准教授 粕谷淳司
木造モバイル住宅のオフグリッドに挑戦
粕谷淳司研究室は、実践的な建築デザインとより豊かなライフスタイルの創造に特化した教育に重点を置き、住環境の設計を主な研究対象としている。
「住宅だけでなく、工場もオフィスも、そこに人がいれば住環境といえるので、特定のビルディングタイプにはとらわれません。私自身も、人が長時間過ごす場所がどうあるべきかを考えながら研究、設計を続けてきました」と粕谷准教授は話す。
ゆえに、研究室で手掛けるテーマは住宅だけに限らず、社会福祉法人が運営するワイナリー、三浦半島に設置する無人野菜販売所などバラエティ豊か。また、オフグリッドの木造モバイル住宅「WHOLE EARTH CUBE」も、現在進行形の研究テーマの一つである。これは、木造のプレハブコンテナハウスで、インフラのない場所でも文化的な生活ができることを目標としている。
住宅として機能するからには、生活インフラが不可欠。電気についてはソーラー発電や蓄電池を用いればオフグリッドは可能だが、一番のネックが給排水だった。そこでWHOLE EARTH CUBEには、ある企業が開発している画期的な水の再利用システムを搭載。97%という高効率で水を循環し、残り3%をエアコンの結露水などで補うことで、水道のない場所でも生活可能となる。
約2坪を単位とするコンテナの一つを「オフグリッドキューブ」として水の浄化装置やシャワーなどの水回りを配置。そこに「リビングキューブ」と呼ぶ居室用コンテナ数個を連結。コンテナを足すごとに、異なる間取りをつくれるため、様々なライフスタイルへの対応が可能だ。
「2年ごとに車検を取る必要があるトレーラーハウスとしてではなく、〝建築物〞として成立させることが大きなチャレンジです。設置場所に基礎はつくらずに、木の杭を打ち、その上に木造コンテナを固定する手法で、建築確認の取得を目指している段階です」
本プロジェクトでは、コンテナの利用方法の提案を含めた基本設計に学生も参加している。このような、まだ一般的な意味でのビジネスとして成立していなくとも、今後の可能性や社会的な意義を秘めている実験的案件の構想や基本設計に学生が教育の一環としてかかわれることは、彼らにとって建築の可能性の大きさを実感できる貴重な経験といえるだろう。
普遍的な価値と景観を形成する住宅
学生には「よきプロフェッショナル・よき素人」を目指してほしいと粕谷准教授は話す。
「設計の仕事は、案件ごとにクライアントが変わります。相手は毎回、それぞれの道のプロフェッショナルなのですから、常に新鮮な気持ちで話を聞き、それをもとに一から設計に挑める〝よき素人〞としての姿勢を忘れないでほしい。しかし同時に、設計者としての技術的な面では、常に〝よきプロフェッショナル〞であるべき、ということです」
学部授業の設計演習では、相談に来る学生に対し、できる限り時間を割くようにしている。最初は自分からうまく質問ができない学生も、時間をかけて話すうちにやっと相談らしくなることが多い。学生一人に対して数十分かかることもあり、「2コマ続きの授業でも時間は足りない」という。
「住宅設計の際、施主との対話が非常に重要なので、これも設計技術の一つとして学び取ってほしい。対話を重ね、お互いの考えやベクトルを合わせられれば、よい成果が生まれることを体感してもらいたいのです」
今後の研究テーマとして、先の無人野菜販売所を地元農家に常設設置する段階に移るほか、岐阜県の古民家を地域に開かれたカフェに再生する新プロジェクトも動き始める予定だ。
ちなみに粕谷氏の設計事務所では、毎年3〜4件の個人住宅の設計を手掛けているほか、昨年度は、ハウスメーカーの商品開発にもかかわった。より多くの人々が購入する商品住宅にこそ、一人の建築家としての思いを込めたい、そして、設計には大きく2つの社会的意義があると粕谷氏は考えている。
「古民家がそうであったように、住宅は施主個人の所有物という個性を持ちながら、同時に、風景をつくる要素として普遍的・持続的な価値も備えて建てられるべきだと思うのです。研究室の学生たちには、この責任をしっかり守り、どんな場所でも活躍できる人材になってほしいと願っています」
- 准教授粕谷淳司
かすや・あつし 1995年、東京大学工学部建築学科卒業、97年、同大学院修了。
アプル総合計画事務所勤務後、2002年、カスヤアーキテクツオフィス設立・主宰。
主な受賞に、建築学生設計大賞、日本女子大学中央広場設計競技最優秀賞、
JIA優秀建築選、中部建築賞など。13年、関東学院大学専任講師、18年より現職。
一級建築士。