構造設計技術全般を俯瞰できるよう、 実在の“もの”を使った研究を指導。 女性の構造家が躍動する未来を拓く
日本女子大学 家政学部住居学科 江尻研究室
多様な研究内容を構造設計に集束
構造家・江尻憲泰教授の研究・活動を一言で括るのは難しい。新たな建築物の構造設計はもちろん、歴史的建造物の調査や保存の検討、道路会社と協働したモニタリングシステムの開発、炭素繊維材料の開発、構造物にかかわる事件事故の調査など、非常に多岐にわたる。
建築家とともにつくり上げているインスタレーション作品『小さな建築』は、すでに100作品を超え、特に隈研吾氏とは多くの作品で協働してきた。
ちなみに現在はというと、炭素繊維複合部材の巨大なモニュメントに関する設計とその検証実験を行っている。
「目の前に問題があると放っておけない性格なので、その繰り返しで、いつの間にか研究分野が広がってしまったという感じです」と江尻教授は笑う。
一見するとバラバラに見える研究には、一本の横軸が貫かれている。企業からチタン製の和釘について性能評価を依頼されれば、古い建物に使われている和釘の調査が必要であり、洋釘との性能比較も要求される。
「多方面からの考察は、いずれは別の事象にもかかわっていくはずです。すべての研究が構造設計に集束すると捉えています」
江尻教授は、もとから構造設計を志していたわけではない。
大学院修了のタイミングで所属研究室の閉鎖が決まり、構造設計を手掛ける構造家・青木繁氏の研究室を紹介された。青木氏の下で一から構造設計を学びながら、歴史的建造物の保存やプレキャスト床材の開発など多くの案件に携っていく。ここでの積み重ねが、現在の礎となっている。独立を意識し始めた頃は、プロフェッサーアーキテクトに憧れた。しかし、実務と研究の両立は難しい。青木氏からも、どちらかの選択を勧められ、1996年に自身の構造設計事務所を設立。その後、非常勤講師としてオファーを受け、意図せずプロフェッサーアーキテクトの道が開けていった。
「青木先生からは、大学で教えるなら、君の背中を見せなさいと言われました。今もそのスタンスを忘れずに、私自身の研究を学生たちに披露しながら、構造の面白さを感じてもらうことを大切にしています」
力学だけに偏らない構造設計を学ばせる
研究室では、学生が興味を持った課題の背後にあるものを深く掘り下げさせていく。その過程で、学生が面白いと感じるテーマを抽出し、自らの研究と接点がある部分について一緒に考える。結果、学生が手掛ける研究は構造技術全般に広がっていく。学生たちに軸としてほしいのは、興味への集中と、全体を俯瞰できる力だ。
「力学的な仕組みの部分だけが構造だと思う人が増えている気がしています。構造にかかわる事件や事故を調べていくと、与えられた数値で計算しただけの事例が多く見られます。構造として考えるべき幅が狭いことがその原因でしょう。建築物全体の様々な問題を把握したうえで設計を進めるというアプローチの重要性を、研究をとおして学んでもらいたいのです」
さらに現在、懸念しているのは、構造技術者における女性比率の低さである。前任校の長岡造形大学で教え始めた当初は、学科内の女性は数えるほどだったが、その後数年で徐々に増えていった。しかし、江尻教授が理事を務める構造技術者協会では、所属する女性はごくわずかであり、構造家全体では65歳以上が60%を占めている。
「今後、より女性が活躍できる分野にしていかないと、業界自体が縮小してしまう。女性にもっと構造について興味を持ってもらい、技術者として世に送り役割だと考えています」
日本女子大学教授への就任は、その思いの表れでもある。さらに、大学で教鞭をとる女性や、女性構造技術者に声をかけ、「女性構造家をめぐる会」を設立、運営している。
「力学だけに偏らず、構造全体を広く捉える能力は、男性に比して女性のほうが高い気がしています。構造設計に限らず、女性の工学者が増え、彼女たちの活躍の場を広げるための活動に、今後も注力していきます」
- 教授江尻憲泰
えじり・のりひろ 1988年、千葉大学大学院工学研究科修士課程修了。
同年、青木繁研究室(法政大学)入室。96年、江尻建築構造設計事務所設立。
長岡造形大学建築・環境デザイン学科教授を経て、2020年より現職。
手掛けたプロジェクトとして、アオーレ長岡、富岡市新庁舎、清水寺修復工事など。
早稲田大学非常勤講師。構造設計一級建築士。