建築は人を幸福にする大切な物理的空間。 研究室を“環境メディア”と位置づけ、 学際的なアプローチで住みよい未来を探究
早稲田大学創造理工学部 建築学科 高口研究室/教授 博士(工学) 高口洋人
東南アジア3カ国の省エネルギーに貢献
自身が「何が専門かよくわからない」と言うほど高口洋人教授の研究領域は広範だ。住宅や建築物の省エネルギー対策を専門としつつ、建築そのものではなく、関連する諸問題全般を取り扱う。高口教授はこれを「環境メディア学」と名付けている。
東南アジア諸国のエネルギー消費量調査は、ここ10年来続けているプロジェクトだ。地球温暖化対策の一環としてエネルギー消費量を抑制するのが昨今の建築物に対する要請だが、「日本の建築物は技術的には完成の域にきている」と高口教授は指摘する。しかも日本のCO2排出量は世界全体の3〜4%で、仮に日本がゼロエミッションを達成しても世界の温暖化に大きなインパクトを望めない。
「それなら、今後成長する新興国に日本の技術や社会制度を提供し、役立ててもらうほうが意義がある。我々の調査でも新興国とはいえ都市部は日本のエネルギー消費量水準と同等か多いぐらい。これをどう抑えるかと考えた時、70年代、80年代の日本が歩んだプロセスが役に立つはず。また日本の建築のマーケットを広げる意味もあります」
国内では、人口減少を受け、新築が減り続ける条件下、既築のオフィスビルや住宅の性能向上をテーマに据える。技術的にみれば、省エネエアコンの導入、照明はLEDにといった単純な話にまとまるが、思うように普及が進んでいないのが現状だ。
「技術ではなく経済の問題だからです。一般的に、空調や照明を取り替えるのはビルオーナーの負担。しかし、光熱費が安くなるベネフィットは借り手側が受け取ることになり、オーナーは得をしない。こうした経済的に負担者と受益者が一致せず、そのために誰も動かない状況を〝インセンティブスプリット〞といいます」
これを解決する仕組みが、テナントが得た光熱費削減分をオーナー側に還元する「グリーンリース」。現在、東京都と環境省がグリーンリースの補助事業を大規模に進めており、高口教授は経緯を分析している。こうした一連の研究を「環境メディア学」という言葉で括ろうとしているのは、なぜなのだろう。
あらためて高口教授に尋ねた。
「一つの技術の効率改善努力は限界に近づいている。それより、例えばそれが社会のなかでどう使われるか、受け入れられるかといった部分を工夫したほうが、社会全体としての効率がよくなるかもしれない。そうやって建築に関連する諸問題を〝つなげて〞考えることが大切。それで〝メディア〞と呼んでいます」
建築の視点から人の幸せを考える
研究テーマの多くは社会的課題に深く根ざしている。それらは高口教授を含む研究室のメンバーが自ら掘り起こしたものだ。東南アジアのプロジェクトも開始から5年は手弁当で進めた。
「発注者がいて『こんなことを研究してくれませんか』と頼まれる研究も大切ですが、半歩先、一歩先の、誰も頼まないような研究が大学の仕事だと思っています。建築そのものから外れているようでいて、やっているうちにこういう建物をつくろうという話になったり、いやいや新しい建築はいらないよという話になったりする。そのプロセスが面白いですね」
建築とは人の生き方を左右するものであり、人の幸せを考えることでもある。「そこが面白い」とも高口教授は言う。東南アジアのプロジェクトでは、現地の人々の幸福度調査も同時に行っている。そこから明らかになったのは、家が広く家族が多いほど幸福で、家電製品の多い少ないはあまり関係ない。また地域社会とのかかわりが大きく影響している。では、エネルギー消費の抑制と幸福をどうすれば両立できるのか。
「単純に考えれば、家を広くして大家族で生活、もしくはシェアするようにして、家電の数を抑えられれば、エネルギー消費を抑制できます。そのうえで地域社会の活動を支援し、地域コミュニティが豊かになればエネルギー消費はさらに減る。地域でスポーツをする、お祭りをするなど、皆で集まればハッピーになれるし、しかもエネルギーを使わない。つまり省エネ対策だからと高効率な家電を普及させたり、家を建てたりするだけが対策ではない。建築という一つの分野に閉じこもると話がつい近視眼的になりがちです。ゆえに私は周辺分野とつながりながら、人の幸せの実現方法を考えていきたいと思っています」
- 教授 博士(工学)高口 洋人
たかぐち・ひろと 1995年、早稲田大学理工学部建築学科卒業。
97年、同大学大学院理工学研究科修了(在学中に浄土宗僧侶の資格を取得)。
早稲田大学助手・客員講師(専任)、九州大学特任助教授を経て、
2007年、早稲田大学准教授。12年より現職。
住宅、建築物の省エネルギー対策、新エネルギーの導入促進に関する研究などに従事している。