【第14回】語学とBIMを身につければ、 世界市場はいっきに身近になる
明治大学理工学部建築学科 教授 小林正美
国内の建築市場のシュリンクが避けられない状況下、若き技術者、設計者が生き残っていくためには、世界と渡り合える能力を身につける必要がある。そのためには、「英語が話せない」という“言葉の壁”を克服しなければならない――。前回、そんな話をした。そう考えて、自らの教え子たちを積極的に海外のワークショップに連れて行き、他国の学生たちと共同作業などをやらせ、初めは通訳付きでしかできなかったディスカッションが英語でこなせるようになり、という段階になって、新たに痛感させられた“壁”があった。「デジタルスキル」の圧倒的な不足である。
例えばアメリカで建築家になろうと思ったら、世界標準の環境評価ツールである「LEED」の認証とともに、BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)を操るスキルが必須だといわれる。そうした彼我の格差を、学生たちの交流を通じて再認識させられたのだ。
危機感を覚えた私は、自分が総合ディレクターを務めるデジタルデザインワークショップ(注:これについては回を改めて述べたい)に、いろいろな大学の先生に来ていただき、「一緒にデジタル教育をやりませんか」と呼びかけた。しかし、積極的な反応を見せたところは、残念ながらほとんどなかった。業界に幾多の優秀な人材を輩出している“名門”さえ、「うちはいっさい興味ありませんから」とにべもなく言うのには、正直驚いた。
“大学のカラー”というより、“世代”の問題が大きいのかもしれない。私は61歳だが、私より上の年代の先生は、コンピューターとは無縁の方がほとんどだ。私たちの場合、40~50代くらいでCADをやり始めたのだが、この世代も「3Dはちょっと」というのが実情であろう。
しかし、これも前回述べたことだが、学生のほうは、しかるべき場を与えれば、確実に伸びる。私の教える大学院では、大学にレーザーカッターと3Dプリンターを導入してもらい、実験的にデジタルのスタジオの先生による“実習”を行った。すると案の定、学生たちは新たなデザインツールに興味を示し、実務でどこまで使えるかは未知数の水準ではあるけれども、“デジタルの力”をめきめきつけていくのがわかった。とはいえ、そうした場所や機器や教員を一大学で提供していくのは、資金面をはじめあまりにも負担が大きい。国レベルできちんとバックアップする体制を構築すべきではないだろうか。 教育界の遅れは、業界全体の現状を反映したものでもある。欧米では当たり前のツールであるBIMに関していえば、日本でも導入が進みつつあるものの、それは先進的な設計事務所やゼネコンなどが、あくまでもそれぞれの企業内で検討、実用化しているにすぎない。
ただ、変化の兆しもある。昨年、ある媒体で建築家の隈研吾氏と話をした時、「BIMはいつかやろうとのんびり構えていたが、ここにきて急に状況が変わり始めている」と指摘されていた。海外のクライアントから「BIMで」と条件を付けられたのだという。国内でも、オーナーサイドに、BIMで納品されれば出来上がった後のセーフティーマネジメントが安くすむ、といったメリットに対する理解が広がれば、一気に“化ける”可能性が高いと私は思っている。
教える側が「興味ない」とは言っていられない時代が、すぐそこにきているのかもしれない。
- 小林正美
Masami Kobayashi 1977年、東京大学工学部建築学科卒業。79年、同大学院修士課程修了後、丹下健三・都市建築設計研究所勤務。
88年、ハーバード大学大学院デザイン学部修士課程修了。89年、東京大学大学院博士課程修了。
2002年、ハーバード大学客員教授。現在、アルキメディア設計研究所主宰。明治大学教授(工学博士)。
『InterventionsⅡ』(鹿島出版社)など、共著・単著多数。