【第10回】変貌を遂げた社会に必要な建築とは? 業界全体で最適なテーマを模索すべき
東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 教授 大月敏雄
私が専門にしている建築計画学は、戦後の日本で特異的に発展した。ひとことで言えば、学校なら学校をどこにどんなかたちでつくるのか、といった具体的な設計を行う前の段階で、「そもそも、その建物に必要とされる建築の要件は何なのか」を洗い出す学問である。
この時期に勃興したのには、理由がある。米軍の空襲により、北から南まで、大都市がほぼ例外なく焦土となった日本では、住宅も学校も病院も、あらゆる施設、建物が不足していた。全国規模で大量かつ速やかに、それらの建設を進める必要が生じていた。
とはいえ、“20年戦争”により設計者などもまた、圧倒的に不足し、技術の伝承も途絶えた状態である。“大量生産”のためには、まず「この建物は、こうやって建てるべし」という基準づくりが求められたのだ。それは、「基準に適合した建築物に補助金を出す」という国のバックアップ体制を整える意味でも、不可欠なものだった。それに携わったのが、我々の先輩たちである。
基本的に“トライアル&エラー”を前提にしているのも、この学問の特徴といえるだろう。私は集合住宅をメインにしているが、特定のモデルを供給するたびに「住まい方研究」が行われる。実際に住民のところに出かけ、使い勝手を調べるのだ。その結果、問題が明らかになると、それを設計にフィードバックして改良を図る。そうやって、毎年のように建築標準をスパイラルアップしながら、建物の類型を固めていくのである。この建築計画学のいわば本流といえる機能が、戦後復興、高度経済成長に大きく寄与したのは、間違いない。
しかし、時代は変わった。施設が足りない状況は一変。住宅に関していえば、ライフスタイルの変化や人口減を背景に、2000年頃から「公営住宅不要論」が大いに高まった。従来のようなかたちで、毎年、“基準”をつくり直す必要はなくなったのである。
では、この学問に今求められているのは何なのか? 前提として、従来の「新しく建てる」から、「時代に合わせて、既存のものをリニューアルする」に、“建築環境”が大きく変化している、という事実を認識する必要があるだろう。そのうえで、注目すべき点の一つは、高齢化率の飛躍的な高まりだ。今や日本人の4人に1人が65歳以上の高齢者である。建て替え、再開発に当たっては、「そうした人たちが本当に使えるのか」などの指標が模索されなければならない。「余った建物をどうするか」も、重要課題である。廃校を取り壊すにも、お金がかかる。ならば、少しでも地域住民に役立つ施設として使ってもらいたい、というニーズは自治体にも強い。それに対応するリノベーションのあり方といった部分を考え、提案していくのは、我々の務めだと思っている。
昭和の時代、「何を建てるべきか」は、社会が決めてくれた。しかし、ものが充足した後には、かつて想像しなかったような、多様なニーズが生まれている。そうした「変化を遂げた社会」と、どのようにして新たな関係を築いていくのかを、真剣に問い直す必要があるだろう。それは、何も建築計画学にとどまらず、建築関連学会、業界全体のテーマだ、と私は感じている。
- 大月 敏雄
Toshio Otsuki 1991年、東京大学工学部建築学科卒業。
96年 東京大学大学院博士課程単位取得退学。
同年、横浜国立大学工学部建築学科助手。
99年、東京理科大学工学部建築学科専任講師。
2008年、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻准教授。
14年より現職。『集合住宅の時間』(王国社)など、共著・単著多数。