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数多の構造が試され、 やり尽くされたように見えても、 どんな“形”にも仕込める 構造デザインの可能性は無限

数多の構造が試され、 やり尽くされたように見えても、 どんな“形”にも仕込める 構造デザインの可能性は無限

佐藤淳

 かかわった建物の一つに、独立初期に手がけた「ツダ・ジュウイカ」という大阪の小さな動物医院がある。水平力を支えるのは、内部に組み上げられた僅か6㎜の鉄板を格子状にした「背板なしの棚」。その構造によって生み出された機能性と快適さと美を併せ持つ空間を、協働した建築家・小嶋一浩は、「あらためて日本だからできることもあることを発見した」と評した。それは、佐藤淳が学生時代から磨いてきた「座屈を操る」術が、初めて具現化された〝作品〞でもあった。「力学を駆使して形態を生み出す」。日本を代表する構造家の仕事は、自ら口にするこのフレーズに集約されている。

独立して事務所を設立。多くの建築家から選ばれる存在に

 構造の主担当者としての初仕事は、京都国際会館まで延伸される地下鉄の通路の設計だった。入所3年目には、はこだて未来大学本部棟(北海道函館市)の構造設計を任され、現地に常駐することになる。ところが、そのさなか、高齢の所長が引退を決め、事務所は解散することになった。函館のプロジェクトを終え東京に戻った佐藤は、半年後の2000年4月に独立し、佐藤淳構造設計事務所を設立した。

 木村事務所は、私の下にスタッフを採用しませんでした。だから、私は木村先生の最後の弟子で、事務所最後のプロジェクトに携わった人間、ということになります。

函館の現場が結構きつかったこともあって、半年か1年くらい休もうと思っていたんですよ、実は。ところが、木村事務所の先輩たちが、「あれ手伝え、これ手伝え」と。東大の桑村先生からも、どこから聞きつけたのか「佐藤君、暇になったみたいだね」って連絡が来て、3カ月ほど大学で雇ってもらって、研究のお手伝いをしたりしました。

もともと就職した時から、独立したい、という強い気持ちを持っていたわけではないのです。木村事務所に3年ほど勤めてみて、「その後いろいろ渡り歩いてみようか」「独立というかたちでなくても将来どこかの事務所で番頭さん的に雇ってもらえないかな」など漠然と考えていたんですよ。

でも、ちょっと休みたいと思いながら先輩たちの仕事にかかわっていたら、他所からも徐々にオファーが入るようになって。これならやっていけそうだと思ったので、自分の事務所を設立した、というのが独立のいきさつです。

その後も、知り合いの紹介などで少しずつ仕事が増えていって、気がついたらあっという間に20年以上が経っていた。振り返ると、そんな感じです。

 そう淡々と語るのだが、独立前後から、隈研吾、山本理顕、小嶋一浩といったビッグネームをはじめとする多くの建築家から声をかけられ、協働することになったのは、その才能、スキルが彼らから求められたからにほかならない。〝自らの強み〞を問うと、「秋山・桑村研究室で育ち、木村事務所で鍛えられたことが、自分にとっては大きかった」という答えが返ってきた。

 自分の癖というか好みなのが、ひとことで言うと「透明感のある構造デザイン」です。構造としては純ラーメンが好きなのですが、そもそもラーメン構造って柔らかいじゃないですか。例えば透明感を演出するために、よりか細い部材で成立させようとすると、ひと工夫必要なんですね、力学を操って。でも、そのひと工夫によって、今までにない特徴的な形態が生み出せる。

大学の研究室で鉄骨材料のエネルギー吸収を徹底的に学んでいなかったら、そういう着想はなかったと思うのです。木村先生も、部材を絞ることで透明感のある構造の実現に挑戦していましたから、その手法からも大いに学ぶものがありました。

最近僕はレクチャーなどで、「どんな形にも力学が仕込めるんですよ」という話をします。建築家が思い描いた外形だとか、形状のそれぞれに、「これだったら、こんな構造が当てはまりそうですね」と提案し、ディスカッションしながら、具体的なデザインを練っていく。それを通じて、理想的な〝透明感〞を具現化していくわけです。そういう建築家との接し方自体、木村先生が僕に残してくれた〝背中の教え〞なのですが。

エネルギーをどうやって吸収させるのかをイメージしながら構造デザインを考えていくという手法も、今ではそう珍しいことではなくなりました。でも、まだまだやれることがあります。東大の研究室と木村事務所という〝2つのルーツ〞で学んだ思想を受け継いで、構造デザインとしてさらに発展させていく。今はそれがうちの事務所の役割なのかな、という気がしています。

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PROFILE

佐藤 淳

佐藤 淳
Jun Sato

1970年7月28日 愛知県生まれ、滋賀県育ち
1993年3月   東京大学工学部建築学科卒業
1995年3月   東京大学大学院
        工学系研究科修士課程修了
        木村俊彦構造設計事務所入所
2000年4月   佐藤淳構造設計事務所設立
2010年4月   東京大学特任准教授
2014年4月   東京大学大学院
        新領域創成科学研究科准教授
2016年9月   スタンフォード大学 客員教授(兼任)

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