数多の構造が試され、 やり尽くされたように見えても、 どんな“形”にも仕込める 構造デザインの可能性は無限
佐藤淳
かかわった建物の一つに、独立初期に手がけた「ツダ・ジュウイカ」という大阪の小さな動物医院がある。水平力を支えるのは、内部に組み上げられた僅か6㎜の鉄板を格子状にした「背板なしの棚」。その構造によって生み出された機能性と快適さと美を併せ持つ空間を、協働した建築家・小嶋一浩は、「あらためて日本だからできることもあることを発見した」と評した。それは、佐藤淳が学生時代から磨いてきた「座屈を操る」術が、初めて具現化された〝作品〞でもあった。「力学を駆使して形態を生み出す」。日本を代表する構造家の仕事は、自ら口にするこのフレーズに集約されている。
〝責任追及社会〞に異を唱えつつ、若き才能の育成も
佐藤は、2010年から特任准教授として、古巣の東大大学院で研究活動も行っている。そこでは、力学に基づいて形態を生み出す最適化に関する講義を行うほか、ワークショップスケールで構築物を短期間に成立させる「建築構造デザインスタジオ」という〝実技〞にも力を注ぐ。それは、材料特性の理解、力学的な実験、施工方法の検討などを経て、実際に意図したものを構築していくという、優れて実践的な授業である。
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事務所の実務と研究活動は、いわば〝陸続き〞です。学生たちには、我々の蓄積を踏まえた授業を行います。一方、「これを突き詰めたい」というテーマを大学に持ち込んで研究し、その成果が事務所のプロジェクトにフィードバックされることもあるんですよ。
大学で活動することによって、人とのつながりが増え、情報量も増えました。試験的な構築物をつくったりする機会も、事務所にいるだけでは限られます。研究室を持つことで、より自分のやりたい設計に近づくことができるという感覚を、僕は持っています。「デザインスタジオ」でのものづくりでは、学生たちに「エンジニアリングというのは、省略の技だ」ということをよく話します。設計なんて、かけようと思えば時間もお金もいくらでもかけられる。しかし、実際には、限られた条件のなかで、「これと、これと、これを検討すれば、この建物は建てても大丈夫だ」と決断しなければなりません。あえて言えば、うちでやるような工夫を凝らした設計をするからといって、そのぶん余計に時間をもらえるわけではないのです。
今の学生は割と真面目だから、段階ごとに、丁寧に検証を重ねて進めようとするのですが、それでは到底間に合わない。ある意味〝見切り発車〞をしながら、目的の構造物を成立させる技が必要で、それが建築の構造設計に限らないエンジニアリングなのです。
言わずもがなですが、〝省略〞するからといって、設計上の安全性が疎かになることは許されない。構造設計を担う人間が、「耐震に関しては、我々がきちんと見張っていますよ」というスタンスで仕事をするのは当然のことです。
ただ、一つ指摘しておきたいのは、構造計算書の偽装事件以降、この世界で、やたらと〝説明責任〞のような意識が強まってしまったこと。時代によって変わる優先度の高い部分に集中し、安全を守ろうとしている現場の手足を縛るような、おかしなシステムが出来上がってしまったのです。例えば、書類に設計そのものにほとんど無関係なデータを記載させるような作業で時間が奪われれば、エンジニアはどこかで埋め合わせが必要になるかもしれません。加えて社会システムが〝責任追及〞を重視するあまり、〝謝る社会〞になってしまっている状況は、むしろ危険を誘発することだってあるのです。
逆に言えば、エンジニアリングがきちんと駆動する環境が実現すれば、さらに多様で有益な構造デザインを発展させていけるはず。ロケットだって、もっと手間を取らずに飛ばせるはず。そういうことを社会全体に理解してほしいというのが、僕の切なる願いです。
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現在、事務所は8名の陣容だ。「みんな手一杯で疲弊気味なので、少しプロジェクトを減らそうと思うのですが、今、興味ある案件が入りがちで、ついつい受けてしまう」と笑う。そもそも「やってみたいテーマがどんどん増えている」というから、当面忙しさから解放される日は来そうにないようだ。ところで、少年時代からの夢だった宇宙船の設計。それが今、半ば〝正夢〞になりつつある。
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宇宙船ではないのですが、2年ほど前からJAXA(宇宙航空研究開発機構)と組んで、月面基地の開発を始めたんですよ。今年度からは、JAXAに加え、国土交通省、文部科学省などが推進する「スターダストプログラム」の一つに採択されて、月面に本格的なベースキャンプの建設を目指すプロジェクトに発展しました。
月面の利用が現実味を帯びてきて、海外も含めていろんな提起があるのですが、みんな夢が膨らみ過ぎて、一足飛びに大都市の姿を描くんですよ(笑)。でも、いろいろなものを建設していくためにも、最初に人が住むベースキャンプが必要でしょう。うちが研究してきた技術を組み合わせれば、それができるのではないかと思って、日本航空宇宙学会で提案したら、みんな「やっとこういう具体的なプランが出てきた」と喜んでくれた。
プロジェクトには、航空宇宙の先生も加わっています。話を聞くと、「彼ら先生たちは宇宙船とか人工衛星とか、飛ぶものが専門で、宇宙の陸地の構築物について研究している人は、ほとんどいません」と。まさにこれは、我々が取り組むべき仕事でした。ずいぶん回り道したけれど、50歳を過ぎて、子供の頃やりたかったことに、本格的に取り組むことになったわけです。
まあ、こんなふうに、「どんな形にも仕込める」構造デザインの可能性は、無限と言っていい。これだけ情報が行き渡り、あらゆる構造デザインが試され、やり尽くされているように思えて、決してそんなことはないんですよ。若い人には、ぜひ構造の魅力が尽きないことを知ってもらい、この道を目指してほしいですよね。だから、そのための道案内、アピールにも、さらに尽力したいと思っています。
- 佐藤 淳
Jun Sato 1970年7月28日 愛知県生まれ、滋賀県育ち
1993年3月 東京大学工学部建築学科卒業
1995年3月 東京大学大学院
工学系研究科修士課程修了
木村俊彦構造設計事務所入所
2000年4月 佐藤淳構造設計事務所設立
2010年4月 東京大学特任准教授
2014年4月 東京大学大学院
新領域創成科学研究科准教授
2016年9月 スタンフォード大学 客員教授(兼任)