アーキテクト・エージェンシーがお送りする建築最先端マガジン

Architect's magazine

時流に乗るのではなく、 自分の視点で「何が今の課題か」を 見つけて、勝負する。 その姿勢が一番大切だと思う

時流に乗るのではなく、 自分の視点で「何が今の課題か」を 見つけて、勝負する。 その姿勢が一番大切だと思う

深尾 精一

 キャリアの大半を大学人として過ごした深尾精一は、自らを「建築家というより、設計が好きな研究者」とする。
東京都立大学(当時)に着任したのは1977年。以降、35年以上にわたって教育・研究に尽力してきた。深尾にとって「圧倒的な存在」である内田祥哉氏の研究室に在籍して以来、一貫して建築構法に関する研究に取り組み、その広く、深い活動は、建築業界に多大な貢献をもたらした。主な作品には「武蔵大学科学情報センター」「実験集合住宅NEXT21」、自邸の増築「繁柱の家」などがあり、これらはいずれも「今、何が必要とされているか」を世に問う意欲的なものだ。深尾の歩みは、建築の〝奥深さ〞とともにある。

研究者・教育者の道へ。研究を建築設計にも適用し、深化させていく

 進学した大学院の博士課程では、内田研究室で「GUP(グループ・ウチダケン・プロジェクト)」シリーズの設計に携わり、限りなく実務に近いプロジェクトを経験した。そして深尾は、集合住宅をメインテーマとし、この頃から本格的にモデュラーコオーディネーションの研究に取り組むようになる。

 モデュラーコオーディネーションについては、内田先生は盛んに「重要なこと」だとおっしゃっていましたが、実のところ、あまり興味を持つ学生がいなかったんですよ。「建築の本質にあまり関係がない」という感じで。でも、僕には非常に面白く、かつ重要なことだと感じられたのです。

この分野の研究を始めるきっかけとなったのは、大学院に進学してすぐにかかわったモデュラーコオーディネーションに関する解説図書の作成です。その際、寸法調整において「グリッド」とはどのような意味を持つのか、「基準線」とはどんな機能の違いがあるのかを考え始めるようになり、以降、長きにわたって研究を展開してきました。モデュールというと、工業化のための手法だとか、システム的でつまらないと思われがちですが、それを道具として、あるいは武器としてより高度に使うと、実はものすごく面白いことができる――それを、研究やプロジェクトを通じて明示してきたつもりです。

先は研究者、教育者の道に進もうと考えていました。設計は好きなんだけれど、僕はあまり体力がないから建築家にはなれないだろうと。コンペの時とか、締切り近くになると何日も徹夜状態になるでしょう。到底、無理(笑)。ドクターも取れたし、いい大学の職場があればと思っていたんです。ただ、すぐには見つからずで……。そんな時、内田先生が「経歴に空白をつくるのはよくない」ということで、早川正夫建築設計事務所を紹介してくださったのです。早川先生は、茶室の権威である堀口捨己先生の一番弟子。当時は何もわかっておらず、お世話になったのも1年間と短かったですが、茶室という未知の世界に触れられたことは、とてもいい経験になりました。この時のご縁で、のちにMOA美術館にある「黄金の茶室」の復元をお手伝いしたのも、僕の貴重な経験の一つです。

 東京都立大学に着任し、深尾が研究室を持つようになったのは77年、28歳の時だ。教員としての仕事に追われながらも、内田研究室との共同研究やプロジェクトは継続、深尾は精力的に動いている。この時期、とりわけて印象に強い仕事として深尾が挙げるのは、「武蔵大学科学情報センター」と「実験集合住宅NEXT21」である。

 内田先生が取り組まれていた武蔵大学キャンパス計画のなか、科学情報センターの設計に携わったのは80年代後半頃。主眼は、当時システムズビルディングと呼んでいた、建築をシステム的に捉え、つくり方もシステムとして構築することにありました。こうした動きは70年代からあったのですが、先述したように、それは生産のため、合理化のためと解釈されることが多かった。でも、内田先生は「システムでもすごく面白い建築はできるはずだ」と。それを実証する点において、チャレンジングな仕事ではありました。

グリッドを使って寸法調整をどうするか、それを考えるのは面白かった。結果、サブシステムごとに適切なグリッドを対応させ、それらを巧妙に組み合わせることによって、新しいかたちの建築をつくり出せたと思っています。グリッドと建築構成材の対応を、ディテールの設計にも反映させた建築です。

このあと、ほぼ同じチームで取り組んだのが実験集合住宅NEXT 21。フレキシビリティの高い集合住宅を、やはりシステムズビルディングの手法を用いて建設しようとしたものです。僕が提案し、構築したのは、グリッドの多様な機能を活用した寸法システムで、例えば、特殊なグリッドとして、様々な設計者が住戸の外壁の位置を決定するというプロセスに適用されています。NEXT 21は現在も改修実験と検証が行われていますが、かなり先進的で高度なモデュラーコオーディネーションの実例になったと思っています。

これらのプロジェクトは大きな反響を得ましたし、僕にとっても面白く、重要な仕事となりました。研究成果を実際の建築設計に適用して、その有効性を検証することは、非常に意義深いものです。そして何より、緻密に構築されたグリッドなどのルールは設計を束縛するものでなく、むしろ自由で面白い建築の手助けになる――それを示すことができていれば、嬉しいですね。

【次のページ】
研究の集大成として作品を発表し、大学でも精力的に活動する

ページ: 1 2 3 4

PROFILE

深尾 成一

深尾 成一
Seiichi Fukao

1949年3月27日 東京都杉並区生まれ
1971年6月   東京大学工学部建築学科卒業
1976年3月   東京大学大学院工学系研究科 建築学専攻博士課程修了(工学博士)
1976年4月   早川正夫建築設計事務所所員
1977年10月  東京都立大学工学部 建築工学科助教授
1995年4月  東京都立大学工学部 建築学科教授
2005年4月  首都大学東京都市環境学部教授(大学改組による)
2013年3月  首都大学東京 定年退職 名誉教授

家族構成=妻、娘1人

その他活動

文化庁文化審議会文化財分科会専門委員(2002年~11年)
日本学術会議連携会員(2006年~11年)
日本建築学会副会長(2008年~09年)
中央建築士審査会会長(2010年~20年)
国土交通省社会資本整備審議会建築分科会会長(2015年~23年)

人気のある記事

アーキテクツマガジンは、建築設計業界で働くみなさまの
キャリアアップをサポートするアーキテクト・エージェンシーが運営しています。

  • アーキテクトエージェンシー

ページトップへ