設計者、職人と堅固な信頼関係を構築しながら、〝粋〞な現代建築をかたちに。歴史と伝統を未来につなぐ
株式会社水澤工務店 工事部 統括工事長
日本の誇る建築・建設技術者を紹介する本連載の3回目にご登場願うのは、水澤工務店の統括工事長・木下進司氏だ。
木造の高級注文住宅で知られる同社にあって、個人住宅ばかりでなく、神社や茶室、飲食店、あるいはRC構造の大規模建造物まで、多種多様な建物の施工管理に携わってきた。
そんな木下氏の語る、「図面を現場でかたちにするものづくり」の極意とは━━。
徐々に「木」に引き寄せられた青春時代
小さな頃から美術や図画工作が得意で、漠然と「自分の住む家を設計してみたい」という思いを抱いていた木下氏は、高校卒業後、日本大学生産工学部建築学科を進学先に選び、夢の実現に向かって一歩を踏み出す。
「でも、是が非でも建築に行きたい、というほど強い気持ちがあったわけではないんですよ。たまたま通っていた高校に、指定校推薦の枠があった。受験しないで大学に入れるのは、やっぱり魅力でしたから(笑)」
入学後、かわいがってくれた先輩に誘われるまま、建築計画などを専門とする浅野平八教授が主宰する「木造り研究会」という学内の団体に入ったことが、木造建築との本格的な出合いだった。ただそれも、「木造や和風の世界に強く惹かれて、というよりも、建築学科に入学したのだから木の世界のことを知っておいて損はないだろう、くらいの軽い気持ち」が動機だったのだという。
「研究会では、面白い建物を見に行ったり、日本家屋の屋根を設計してコンペに出品したり、といった活動をやりました。そのうちに、木造建築というものに対して、少しずつですが、興味が湧いてきたのは確かですね」
結局、ゼミも浅野教授の元を選び、卒業研究では「日本家屋の外観を決定づける存在」という観点から、屋根をテーマに発表を行った。
就職活動に勤しんだのは、ちょうどバブル絶頂期の、学生にとっては「超のつく売り手市場」の頃。木下氏も大手ハウスメーカーなどから、複数の内定をもらったが、最終的には教授の勧めもあって、ゼミの卒業生が多くいる水澤工務店に就職した。
「配属されるのは、工事部と決まっていました。正直、設計者への憧れもありましたよ。でも、先生に『施工図も、原寸図も、現場もデザインなんだ』と説得されて。まあ、その時は何を言われているのか、まったくピンときていませんでしたけど」
- 【次のページ】
- 大事なのはどれだけ「潤滑油」の役割を果たせるか
- 木下 進司
1969年11月14日 神奈川県藤沢市生まれ
1992年3月 日本大学 生産工学部 建築工学科卒業
1992年4月 株式会社水澤工務店入社
2007年4月 工事長に就任
2011年4月 統括工事長に就任