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設計者、職人と堅固な信頼関係を構築しながら、〝粋〞な現代建築をかたちに。歴史と伝統を未来につなぐ

設計者、職人と堅固な信頼関係を構築しながら、〝粋〞な現代建築をかたちに。歴史と伝統を未来につなぐ

株式会社水澤工務店 工事部 統括工事長

日本の誇る建築・建設技術者を紹介する本連載の3回目にご登場願うのは、水澤工務店の統括工事長・木下進司氏だ。
木造の高級注文住宅で知られる同社にあって、個人住宅ばかりでなく、神社や茶室、飲食店、あるいはRC構造の大規模建造物まで、多種多様な建物の施工管理に携わってきた。
そんな木下氏の語る、「図面を現場でかたちにするものづくり」の極意とは━━。

設計者、職人と堅固な信頼関係を構築しながら、〝粋〞な現代建築をかたちに。歴史と伝統を未来につなぐ

大事なのはどれだけ「潤滑油」の役割を果たせるか

入社すると、社内研修もそこそこに、「体で覚えるように」と現場に配属された。初めての物件は、約1000坪の、会社の保養施設の新築工事だった。5人ほどで役割分担して現場を監督するのだが、新人の任される仕事の3分の2は、監督とは名ばかりの、掃除などの雑用である。

初めのうちは、先輩の後をついて回るのが精一杯で、夜は事務所に戻ってコンクリート打設量の確認といった事務的作業を行い、家に帰れば泥のように眠るだけ。ただ、そんな日々の中で、自らに課していることがあった。「とにかく、現場には誰よりも早く行って、掃除や整理をする。逆にいえば、当時の私には、そのくらいしかできることがありませんでしたからね。前の日、どれほど寝不足だったとしても、朝6時に起き、7時には仕事場に着けるようにしていました」

貴重な体験もした。
「8カ月くらい経った頃だったと思うのですが、前の晩に大雨が降ったので、翌朝いつもより早めに行って、建設中の建物の屋上に溜まった水をかき出していたんですよ。2番目に来たのが、60歳くらいの左官の親方でした。『一人でやってるのか?』と聞かれたので、『はい』と答えると、それまでペーペーの私に『あんちゃん』と声をかけていたその人が、次の日から『木下さん』と呼んでくれるようになったのです。ああ、こういう世界なんだ、とその時学ばせてもらいました」

右も左もわからぬまま、ひたすら目の前の仕事をやり続ける毎日を過ごし、やがて建物の足場が取れた日のことは、今も忘れられないという。

「一番感じたのは、平らな図面から、本当に三次元の建物が出来上がっていくんだ、という新鮮な驚き、喜びですね。多少辛いことがあってもここまで続けてこられたのは、あの時の感動あればこそだと思っています」

およそ15カ月で最初の〝実地訓練〞を終えると、次は個人住宅の建築現場を一人で任された。
「実際には、上司が裏で糸を操っているとはいえ、現場にいる〝責任者〞は自分一人です。前の物件に比べてはるかに小ぶりとはいえ、すべてに気を配らなくてはなりませんし、工程も短い。あれほど必死になった現場は、その後もありません(笑)」

完全常駐で現場監督を務めたのは、16〜17件。個人の住宅や別荘のほか、神社、蕎麦屋などの飲食店、会社の寮といった規模の大きな物件まで、様々な種類の建物にかかわったという点では、同社でも珍しい存在なのだという。

そんな木下氏は、「現場監督としての面白味という点では、実は木造よりも少し大きめのRC建築のほうが大きいんですよ」と話す。

「木造の現場は、大工さん、職人さん頼りなんですね。正直、ものづくりという面で、我々の出る幕は少ない。でもRCの場合は、どんなに詳細な設計図でもアウトライン程度で、監督の仕方によって出来栄えが大きく違ってきたりする。就職の時に教授に言われた『現場もデザイン』という世界を、実感できるわけです」

「しかし」と木下氏は続ける。「それはあくまでもオマケ。監督の第一の任務は、安全にクオリティの高い建物を、限られたコストの中でつくり上げるために、職人さんたちの働きやすい環境を実現すること。そのための潤滑油になり切れるかどうかが、大事なんですよ。下の人間にも、とにかく現場をきれいにしろ、そうすれば働く人たちにも『汚したらまずい』という意識が芽生える。ひいてはそれが、安全にもつながるんだ、という話をよくします」

現場に立ち続けて20年余り。監督業は「気づきから始まる選択の連続でもあった」と振り返る。
「どんな詳細図が描かれていても、三次元になってみると問題の生じることが珍しくありません。建物全体を見ている現場監督というのは、そうした点を、設計者よりも施主よりも、いち早く発見できる立場にあります。まず、そこに気づけるか、かつ気づいた時にどうするか。見なかったことにするのか、自ら改善を施すか、それとも作業をストップさせて他者の判断を仰ぐべき性格のものだと考えるのか。そこに、監督としての技量が問われるのです。いったん止めてしまうのは楽ですが、繰り返せば工期やコストに響きます。このジャッジは、ベテランになっても難しいし、逆にいえばそこが醍醐味でもありますね」

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課された仕事には必ず意味があることを肝に銘じ

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PROFILE

木下 進司

木下 進司

1969年11月14日 神奈川県藤沢市生まれ
1992年3月    日本大学 生産工学部 建築工学科卒業
1992年4月    株式会社水澤工務店入社
2007年4月    工事長に就任
2011年4月    統括工事長に就任

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