社会に存在している多様な空間を 「サイト・リノベーション」――。 新たな価値を生み出す研究を継続
昭和女子大学 環境デザイン学科 建築・インテリアデザインコース 杉浦久子研究室
場所の可能性を最大限に引き出す
杉浦久子教授はインスタレーションの手法を建築に応用した自身の研究を、「サイト・リノベーション」と表現している。これは、既存空間の再評価と新たな場の創造に焦点を当て、空間全体をつなげる環境の再構築を意図した造語である。
杉浦教授が昭和女子大に研究室を構えた当初は、恩師である古谷誠章氏(現早稲田大学理工学術院創造理工学部建築学科教授・一級建築士)と一緒に参加した「せんだいメディアテーク」(仙台市青葉区にある公共施設)のコンペで優秀賞を獲得したことを機に、学生と建築コンペに向き合っていた。
その後、1990年代末に、研究室の活動として世田谷区の歩行者空間の実施設計を行い、また、個人的に参加して入選した「取手アートプロジェクト」が空き家を対象とした空間展示であったことから、次第に公共空間への興味関心が広がっていったという。
「ちょうどその頃、近所にあった公園に、季節労働者の方々が自由に椅子を持ち込んで本を読んだり、洗濯物を干したりしている様子を怪訝に見つつも、少し気になっていました。ですが、次第に近隣住民の方々もそこに加わり始めたのを目の当たりにした時、公園という場所のポテンシャルが最大限に引き出されたような気がしたのです」
確かに、建築単体が素晴らしかったとしても、建築をつなぐ空間自体を考えなければ、街全体は決してよくならない。道路や広場を含めた多様な空間すべてが改良の可能性を秘めているのではないか――という問題意識につながった。
その後に参加した「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2003」では、豪雪地帯、十日町の風土に根差して建ち、人々が生活している7軒の家を、雪を模した布で覆うインスタレーションを行った。建物の居住者は、雪下ろしのための技術も道具も持ち合わせている。模型を見せると、居住者の方々が自ら布を覆う作業を請け負ってくれたという。
「活動する場所のポテンシャルだけではなく、かかわる人々や文化なども徹底的にリサーチし、それらを組み合わせていくと、自然とデザインに導かれていきます。私たちは、それを〝人々の居場所〞という空間に仕立てていきます」
杉浦教授が手がける作品のほとんどは、関係者によるセルフビルドやハンドメイドである。簡単な手法を用いることで関係者の参加を促し、公共空間が活性化される。また、インスタレーションのような短期の仮設物だからこそ、設置の許可が取りやすく、ゼミの学生も最初から最後まで担当できるのだ。
すべての建築行為が土地のリノベである
杉浦教授は、このようなインスタレーションだけでなく、すべての建築行為が「サイト・リノベーション」に当てはまると考えている。
「リノベーションが既存空間の〝質〞を再構築するという意味であれば、新築にも当てはまるはずです。敷地となる土地には、必ず何らかの文脈が存在しており、新築とはそれを再定義する行為です。そう考えていくと、サイト・リノベーションは、建築の新たな包括概念と言えるのではないでしょうか」
さらに近年、空き家問題に大きく焦点が当たり、スクラップビルドの時代は終焉を迎えている。デッドストックだらけの環境のなかで、ある空間をよりよくしていくことが今の時代のニーズだと杉浦教授は説く。
これまでに永山祐子氏をはじめ建築や美術界に多くの卒業生を送り出してきた同研究室だが、杉浦教授は今年度で退任を迎え、活動を大学外に移すことになる。
「これまでは、大学というフレームのなかで、学生とともにできる、一番面白そうな課題を選んで実施してきました。学び、教えるという立場からも活動を行ってきましたが、これから違う立場で『サイト・リノベーション』の活動を見た時、どんな景色が広がっているのかな、と楽しみにしています」
- 教授杉浦久子
すぎうら・ひさこ 1982年、昭和女子大学家政学部生活美学科卒業。
87年、早稲田大学大学院理工学研究科建設工学(建築)専攻(穂積信夫研究室)修了。
94年、フランス国立建築学校パリ・ラ・ヴィレット校修了。
92年、昭和女子大学(現)環境デサイン学科専任講師。
2007年より同学科教授。学芸員。フランス政府公認建築家。
一級建築士。