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Architect's magazine

建築には無限の可能性が 広がっている。何にでも挑戦できるし、 何でもつくれる。その可能性に目を 向ければ、こんなに面白い仕事はない 建築家の肖像 部憲明アーキテクチャーネットワーク Biographies of Legendary Person

建築には無限の可能性が 広がっている。何にでも挑戦できるし、 何でもつくれる。その可能性に目を 向ければ、こんなに面白い仕事はない 建築家の肖像 部憲明アーキテクチャーネットワーク Biographies of Legendary Person

岡部憲明

 岡部憲明が建築家としての活動を本格的にスタートさせた地はフランスである。25歳の時に渡仏し、「ポンピドゥー・センター」のプロジェクトに参加したのを皮切りに、イタリアでも活躍。日本に活動拠点を移したのは1989年で、著名な仕事として挙げられるのは、やはり「関西国際空港旅客ターミナルビル」と「小田急ロマンスカー」だ。通じて、自動車や船舶、鉄道、家具などといった建築以外の多様な領域に携わってきた岡部は、常に白紙からチャレンジを重ね、新しい方法論をも編み出してきた。そこに通底するのは「人間のための空間」「人間のためのデザイン」。人間性を重視した社会環境の実現が不変的なテーマである。

新たなデザイン領域へ。無限に広がる建築の可能性を楽しむ

 関空を終えた後、岡部は独立して事務所を構え、多様なデザイン分野で活動を重ねてきた。そして、また一つ新たな領域に踏み込んだのは2002年、小田急電鉄の特急ロマンスカーのデザイン刷新だ。当時、利用が低迷していた箱根観光特急の復権に向けて、自動車や客船の設計経験を持つ岡部に白羽の矢が立ったのである。05年に登場した50000形「VSE」は、周知のとおり、社会の耳目をひいた。

 単に外観や色を決めるだけにはしたくなかったので、デザインに臨む前に2カ月をかけて鉄道を勉強し、コンセプトを練り上げました。こだわったのは、基本構造や目に見えない部分も含めたトータル・デザインで、小田急電鉄が受け入れてくださった。

自動車も鉄道も交通手段という点では同じですが、わかったのは、決まった路線を走る鉄道車両の設計は、一定の敷地に立てる建築に近いということ。いわば〝動く建築〞。だから、居住空間の心地よさを追求しました。まず、空間にボリュームがあることです。空調システムを見直して天井を通常より高くする、変化する風景を捉えやすいよう大きな連続窓をつくる、椅子の背もたれを薄くする……ほかにもポイントはありますが、すべてはボリュームのある空間を生み出すためです。特に工夫が必要だったのは空調システムでした。エアの流れ方や空調機の位置を変える難しさをクリアできたのは、関空ターミナルビルの経験があったからだと思っています。

もう一つのこだわりはパラレル・デザイン、つまり全体とディテールすべての要素を並行してデザインすること。通常は車両全体から入って、例えば椅子のデザインなどは後回しになりがちだけれど、並行してすべてのことに考えを巡らせる。これは過去の経験から学んだことで、そうするとデザインが総合的に詰まってきます。VSE以降の後継車にもかかわり、鉄道とは長い付き合いになりました。多くの男の子がそうであるように、僕も鉄道が大好きで模型をつくったりしていましたが、よもや本物をデザインするとは……面白いものです。

「年相応でしょ」と笑いながら、岡部は昨今、老人ホーム建築に携わっている。周辺環境との調和や、都市型福祉施設の本来的なあり方を求め、「何かしらの新しい提案ができれば」と言う。根底にあるのは、時代や社会がどう変わっても「人間のために建築をつくる」という変わらぬ思いだ。

 都市型福祉施設は敷地条件や建築基準などが厳しくて制約も多いですが、住空間と同時に都市の住環境をつくり上げるという点においては、建築家として一番基本のことができると考えています。共同生活スタイルですから、社会的な要素が強く入ってくるし、スケールも大きすぎず小さすぎずで、ていねいにデザインができる。人間性を重視した社会環境の実現を求めて活動してきた僕にとっては、改めて原点に立ち返るような仕事でもあり、現在、集中して臨んでいるところです。

いろんな領域のデザインを重ねてきてつくづく思うのは、建築には無限ともいうべき可能性が広がっているということ。何にでも挑戦できるし、何でもつくれる。最近は建築科の学生が減ってきているようですが、その可能性に目を向ければ、こんなに面白い仕事はないともいえます。「建築家とは何ぞや」を決めつけなければいいだけの話なんです。僕自身、人間活動にまつわる建築の幅をもっと広げていきたいし、そういう欲は尽きませんね。

テクノロジーの発展はめざましく、ものすごく高度になった計算技術を使えば、何でもできちゃうという時代です。僕も積極的に活用していきたいと思っていますが、ただ、どう向き合うかには注意が必要です。大切なことは、人間の持つ身体性、知覚についての配慮や考察を決して排除しないこと。どんなにCGやバーチャルリアリティが進んでも、人間の身体性に応えるものでなければなりません。科学技術に目を向けることと、人間性に目を向けることは、いずれも本質的に自然の摂理に属していますから、決して相反するものではない。これは僕自身のテーマであり、今後、広く発信していきたいメッセージでもあります。

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PROFILE

岡部憲明

岡部憲明
Noriaki Okabe

1947年12月9日 静岡県富士宮市生まれ
1971年 早稲田大学理工学部建築学科卒業
山下寿郎設計事務所入所
1973年 フランス政府給費研修生として渡仏
1974年 ポンピドゥー・センター設計チーム参加
1977年 Piano + Rice Associati 設立
1981年 Renzo Piano Building Workshop Paris
チーフアーキテクト
1986年 フランス政府公認建築家資格取得
1988年 Renzo Piano Building Workshop Japan
代表取締役(~94年)
1995年 岡部憲明アーキテクチャーネットワーク設立
1996年 神戸芸術工科大学教授(~2016年)
2007年 神戸芸術工科大学博士(芸術工学)

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